頭が真っ白になったという体験を、私はいま、初めてしている。




チハヤが私に対して、口を開き、ひとつひとつ紡ぎあわせた言の葉たちは、 

ひらひらと舞うように、けれど私の胸を切り裂くように、私の耳の中に溶け込んでいった。


チハヤの声は、言葉になり、音になり、すぐに空気に触れて溶けてしまったけれど、

私の頭の中で、何度も何度も鳴り響いていた。



どうしてそう言われたのか、どうしてそこまでチハヤに言われるまで、自分自身で気付けなかったのか。

自分の駄目さ加減にほとほと嫌気がさして、

頭の中の真白さが抜けきらなくて、

チハヤにそう言われても、私は涙ひとつ流すことができなかった。



それをチハヤは、私の気持ちがもうすっかり凍りついてしまっていると思ったのか、

冷たい葡萄のような瞳を、すっと下に向けると、

チハヤは小さく溜息をついて、私の家から出て行ってしまった。





すぐに追いかければよかった。


そうすれば、チハヤの瞳は温かくなり、

私の頭の上に、彼の骨ばった手が優しく温かく触れていたかもしれないのに。




けれども、私の頭の中は、辺り一面雪景色になってしまったかのようで、

慣れない雪に足をとられて、身動きが出来なくなってしまっていた。




行かないで。

そう、口にすればよかった。



そうすれば、すらっとした彼の足が一歩を踏むことを、少しは止められたかもしれない。

彼の動きを、少しでも緩めることができたかもしれない。


もしかしたら、たとえイライラとしていてでも、彼はこちらを振り向いてくれたかもしれない。






チハヤが私の家から姿を消し、ぽつりと一人残された後では、

何を考えても、何を後悔しても、もうとても遅いことだった。


だって、チハヤはもうここにいなくなってしまったのだから。





ケンカなんて慣れっこだった。

私たちの中にある、小さな価値観の違いは、いつだってケンカを生み出す種になっていた。

それがいつしか、芽を出し、

私たちの間にあるわだかまりという蕾をつけるまで成長させてしまったのだ。


それは、そうまで成長していた芽に気付かないふりをしてしまった私たちのせいだ。

お互い、ぬるま湯のような関係に慣れ切ってしまい、


少しずつ訪れていた、小さな亀裂に目を瞑ってしまっていた。





ゆっくり、ゆっくり。

小さな粉雪たちが降り積もって、ガラスの中にちりばめられて、

傍から見たらとてもきれいで、ちらちらと光っている。

そんな関係だった。


触れれば溶けて、消えてしまうような、

そんな関係だったのだ。




あきらめてしまおう。

大丈夫。

彼の作る、優しくて甘い、大好きだったチェリーパイが食べられなくなるのは残念だけれど。







cherry & cherry

        ....!!!






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