チハヤのことは、本当に大好きだった。



あのとき、そうあのとき。マイのことをちゃんと好きか、幸せになれそうかと聞いたときに、

私はチハヤに首を振ってほしくてたまらなかったのだ。

いいや、やっぱりアカリのことが一番好きで、今でもアカリと一緒に幸せになりたいと思っている。


もしも、チハヤのあの柔らかな唇から、そんな言葉が聞こえたら、

きっと私は、今死んでもかまわないと、そう思っただろう。



だけど、私たちの関係は、砂時計の中の砂と同じ。

さらさらと底の方に落ちていき、もう二人で過ごす分だけの砂を使い果たしてしまっていた。

それに、二人ともきちんと気づいていた。だけど、二人とも逃げ出したかった

だからお互い磁石のマイナスとプラス極みたいに、離れて、顔を見ようともしなかった。


そうすることでしか、自分の傷を癒す方法を知らなかったのだ。



チハヤが何を考えているのか分からなかった。

どうして私のことを捨てて、マイのことを好きになったのか、知りたかった。



でも、そんなこと、きっと私自身がとうの昔から分かっていたことだったのだ。

それを私は、チハヤに捨てられたせいにして、

自分は分かっていないという演技をして、自分をだまし続けていたのだ。



馬鹿みたいだった。でも、こうしなければ自分を守れなかったのだ。











その日は、青いペンキを空いっぱいにぶちまけたみたいに、雲ひとつない晴天の日になった。




私は、コトミちゃんに仕立ててもらった薄水色の落ち着いたシンプルなドレスを着ていた。

髪には、牧場の仕事では絶対につけることがない花の形の髪飾りをつけた。

着慣れない服やアクセサリーに、私は居心地が悪い気分だった。


私の隣に立っているキャシーは、瞳の色に合わせた、濃い緑色のサテンのドレスに、

今日はいつもと違う髪型に結び、金色の髪を肩に垂らしていた。耳にはきらきらとピアスが光っている。




「まさか私まで呼ばれるなんて、思ってもなかったな。キャシーはともかく。」


ドレスの端をちょっぴり上げながら、私は苦笑気味にそうキャシーに言った。

キャシーも私と同じような顔をして、小さくちょっとビターに笑った。



「マイが呼んだんだったけ?あの子、みんなに見てほしいって言ってたから。」


「違うの、チハヤに呼ばれたのよ。」



私は肩をすくめながらそう言った。


キャシーは信じられないと、口を開けてそう顔で語っていた。



「え、そうなの?そんなの聞いてない。」


「別れてから、私たちいいお友達だったから。それに、お互いこれできれいさっぱりって感じになるじゃない?

まあ、大分前からお互い吹っ切れてたけどね。そうじゃなかったら、酒場に足運んでないし。」



「アカリ、あたしなんて言ったらいいのか分かんないんだけど。」


「いいの、気にしないでよ。

肩をすくめたのと苦笑したのは、

チハヤとマイに先を越されたのがちょっと悔しいってただそれだけだから。

深い意味はないの。」


「ああ、なんだ。そっか。びっくりしたじゃない。」



二人で歩きながら、風の穏やかさを頬で楽しんだ。

よかった。これなら今日一日、天気がいいはずだ。


二人が歩くたびに、きらきらとした粉が空気で踊るみたいだった。

普段、オシャレを存分に楽しむことのない自分たちにとって、今日はなんだか特別になった気分だった。



私は、空気の明るさやテンションの高さから、ずっと胸の中で気にしていたことをキャシーに聞こうと思った。

ウジウジと考えていたわけではなかったのだれど、ちょっとした胸のとっかかりになっていたことだった。



「ねえキャシー。私、チハヤのこと恋に恋しちゃってたのかな。

だから、別れるときにあんなにごたごたして、長い間話すこともできなかったのかな。

自分のプライドを傷つけないために。」





キャシーは真剣な瞳で、首を横に振った。



「違うよアカリ。アカリはチハヤのことを、恋してもいたし、愛してもいたのよ。

だからいっぱい傷ついたし、いっぱい殻に閉じこもった。それでも、チハヤのことを愛していたから、

最後に彼としっかりお互いの気持ちをぶつけて、話すことが出来たんでしょ。ね?」



「・・・・・・なんだかキャシーかっこいい。」



「だてに、アカリの親友していないからね。」




ふふっとお互い笑っているうちに、目的地に着いた。

雲ひとつにも邪魔されずに、地上を照らす太陽のおかげで、真っ白な壁がちらちらと光っていた。


金色に光る鐘の色が、今日はより一層美しく見えた。








「そうだよね。チハヤがいなかったら、今の私はなかった。

そう思えるようになるまで、随分時間がかかっちゃったけれど、でもこうしてこの場所に足を運ぶこともできたし、

チハヤと付き合ったおかげで多くのことを学んだと思うの。」




私はすっきりとした気分でそう言った。

この扉を開けることに、なんの戸惑いも恐れもなかった。



「そうだよ。それにチハヤと付き合って、何かしら成長したアカリじゃなかったら、

今の人と付き合うことだってなかったかもしれないじゃない?」



にかりとキレイに白い歯を見せながら、キャシーは私に向かってそう言った。

完璧におもしろがっている顔をしている。



「もう、キャシーったら。すぐからかうんだから。」


「事実を言ったまでですからね。」




「はいはいそうです。その通りです。あ、早く席つかなくちゃ。始まっちゃう。」






「そうだね。それに、マイのブーケを受け取るのは、アカリの役目だしね!」










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