あれから昭の顔を見ることなく、気付いたら月曜日になっていた。

あのことがあったのが金曜日だから、二日間も顔を見てないということになる。

こんなこと、片手で数えるほどしかなかった。



私が熱を出して寝込んだときでさえ、

昭はうつらないから大丈夫だと言って、やっぱり窓から忍び込んで、

大量に熱さまシートやポカリを渡してきた。


そして、熱のせいでぼーっとしている私の頭を、優しく撫でてくれたことも覚えている。

重たい瞼を持ち上げると、昭が緩やかに笑った表情を見せてくれた。



そう、だから、こんなこと珍しくて、

鳴らないケータイをじっと見つめて、私は何度も、新着メール問い合わせをプッシュした。

いつもは昭が、私の元に来る。メールしてくる。電話してくる。

私はそれを、待ってるだけでよかった。




月曜日の朝。

ちょっと待ってみたけれど、やっぱり昭は迎えには来なかった。

小さな溜息が、自然と出てきた。携帯を開く。新着メールはゼロ。


肩にカバンをかけなおして、私は靴をはいた。

昭と顔を合わさない日程記録は、今日もまた更新しそうだった。







*********








チャイムの音が鳴る。


気だるい月曜の授業を終えたクラスメイト達は、

帰りの会が終わったと同時に、ぱらぱらと教室から散っていた。




「珍しいな、お前の旦那が迎えに来ないの。」


机の中の教科書をカバンの中にしまっていると、同じクラスの夏候が話しかけてきた。

ちょっとおもしろがっている雰囲気が漂っている。



「旦那ってなによそれ。」


私は、少し眉をひそめてそう言った。ちくっと胸に針が刺さったような気持ちになった。


「わかんない?司馬のこと。

いっつもチャイムが鳴るとすぐにそこにいるじゃん。二組と五組は階が違って遠いのにな。」



「別に私は頼んでいないし、それに旦那じゃない。」


「あー、そう?あ、司馬も来ないしちょうどいいや。ちょっと付き合ってくれよ。」


「なにに?」


がさこそと汚い机の中から、夏候は数学のノートを出してきた。

あと、端が折れ曲がってる教科書。

どうしたら、まだ半年も使っていない教科書がそんな汚くなるんだろうか。



「この宿題。俺明日あたるんだよ。お願い、教えてくれ!」


「自分でやらないと勉強にならないんじゃない?」


カバンにすべて入れ終えた私は、さっさと帰ろうと席を立った。

すると、夏候がノートと教科書をずいっと私の目の前に出してきた。

懇願する顔が、教科書の後ろからこちらを覗いている。



「頼むよー。ここだけだから!人に教えたら勉強になるんだぜ?

帰りにガキガキくんおごるからさ!な?」


「一番安いアイス、ね。」


「俺いま、ビンボーなのよ。」


私は一度、教室の後ろのドアを見た。

今にも、元姫ーと呼んでくる声が聞こえてきそうだったが、見慣れた姿はそこにはない。


小さく溜息を吐いた。



「まあ、いいわ。どこ、分からないとこって?」


夏候の教科書の方に、目を戻す。

私の言葉に、夏候がおっと顔を上げて、嬉しそうに笑った。


「さっすが王!助かるぜ。」







********





夏候の宿題の手伝いは、そんなに時間がかからなかった。


教えるというよりは、私が書いた公式を、夏候はせっせと写して、数を代入していくだけだった。


約束通り、報酬のガキガキくんをおごってもらおうと、私たちは一緒に教室を出た。

学校の近くにコンビニがあるから、そこに寄ろうということになった。



廊下を夏候と並んで歩いていると、変な気分になった。

夏候は私と同じくらいの身長だけど(本人はこれからが成長期だと言っていた)

放課後はいつも、斜め上を向かなければ目が合わない相手と、一緒に歩いて帰っていたからだろうか。




「ねえ、私たちって付き合ってたのかしら?」


思わず、今思っていたことを口にしてしまった。私らしくない。



「・・・はい?」


夏候がきょとんとした顔をこちらに向けてきた。

相談相手として、彼がふさわしいのか分からないけれど、とにかく私は今の気持ちを吐き出したかった。



「昭が付き合ってるってそう言ったの。」


金曜の夜のことを思い出す。

嵐のように通り過ぎていったその光景が、この二日間ぐるぐると頭の中を回っていた。

あの夜をもう一度やり直せたら、私の隣には昭が今までと同じように笑っていたのだろうか。



「あーよく分かんねーけど、俺はお前らが付き合ってると思ってたぜ。」


「どうして?」


「しょっちゅう一緒にいる。」


「だって、幼馴染だもの。」



そう、幼馴染。幼稚園の頃から一緒にいる。

この関係がいつから、恋人という関係に発展したのだろうか。

そんなの私はなにも聞いていない。



「それに、キスしたって司馬が言ってたし。」


「それはしたけど・・・、とゆうか、昭はそんなことまであなたに言ってるの?」


私は、もう一度眉をひそめた。


「ん?まあ、事細かに聞いたわけじゃねーけど。

でもまあ、それ聞いたら付き合ってるんだなって、思うのが普通じゃん?」



「私は、思ってなかった。」


「え!そうなのか?」


「そう。」


「キスされといて?」


「4才の頃からしてる。」


ちょっとの間、沈黙があった。

夏候はがさがさと髪の毛を掻いた。


「あーそうですか・・・。そらまあ・・・、司馬も落ち込むわな。」


「どうして?だって、なにも言われてないし。」


「って、俺に言われてもな。」


たしかに、夏候にこのことを相談しても、解決策が見つかるわけではなかった。

やっぱり昭本人と話さないと、あの金曜の夜をやり直したいと思っても、どうにもならなかった。


「んーまあ、とにかくいつものケンカみたいなもんだろ?はやく仲直りすれば良い話ってことだよ。」


靴箱で上靴を出して履き替えながら、夏候はちょっと明るい調子で言った。


「そうね。話聞いてくれてありがとう。」



「いやいやー。って噂をすればいるよ、旦那。」


「旦那って言わないで。」



そう言いながら、少しドキっとした。

馬鹿みたい。会っていないのは、二日だけだというのに。




でもその速くなる心臓の音は、みるみる萎んでいった。

風船から空気が抜けていくのと同じくらいの速さだった。



靴箱から見えた昭の姿は、一人だけじゃなかった。


隣に女の子の姿がある。きっと、昭と同じクラスの子だろう。

名前はちょっと分からないけれど、昭のクラスに行ったときに見たことがある顔だった。



「・・・・・・・私と付き合ってるつもりのくせに、

普通、他の女子とあんなに親しげにするものなのかしら?」


「・・・・やーどうだろ・・・。俺にふられても、ね・・・・。王の方が、あいつのこと詳しいだろ。」



「全然、意味分からない。」


そう言って、コンビニに向けて足早に私は歩き出した。



「おい、王。」



「ガキガキくんおごってくれるんでしょ。」



慌てた声を出して、夏候が追ってきた。


足の速さはどんどん速くなる。早く学校から、昭から、遠くに行きたかった。









 
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