求められるなら、この場所で、そうここで。 ぎゅ、と、抱きしめられる。 ちょうど、子上殿の胸のあたりに、自分の頬や額があたる。 あたたかい。はだけた彼の肌にあたると、熱いくらいだ。 どろどろと、夏場にさらけ出された氷のように、自分の身体が溶けてしまいそうだった。 そっと、彼の胸に右の手のひらを寄せた。 「元姫の手は冷たいな。」 くすぐったそうに、そう子上殿は言った。 彼の胸に片耳をくっつけてみると、くすぐったそうなその声が少しくぐもって聞こえた。 まるで胸の向こうの洞窟から、言葉を紡いだみたいだった。 「あなたが、熱すぎるのよ。」 「そうかなあ。」 冷たくて、気持ちいいと、続いた言葉を、洞窟の向こうから拾って聞いた。 子上殿の声は、拾っていると落ち着いて、ずっとうずくまっていたくなる。 「ずっと、こうしていたいな。」 「でも、明日は演習が朝早くからあるわ。」 「・・・現実的なこというなよ。」 「お目付け役の務めは、全うしないとね。」 「はいはい。おしゃべりはここで、終わり。」 くいっと、顎を大きな指でつかまれて、持ち上げられる。 あ、と思った瞬間に、子上殿の顔が近づいてきて、口づけを落とされた。 唇まで、彼の体温は熱かった。 してやったという顔をぺろりとしたまま、子上殿は唇をそのまま私の耳に寄せた。 「俺には、お前だけだぜ。」 冷たいと先ほどまで言われていた肌が、かっ、と熱くなっていくのがわかる。 わかっているとか、私もとか、そういった言葉がもごもごと喉の奥で控えていたが、 恥ずかしさの方が勝って、ついに言葉にはならず、喉の奥でしゅわりと消えていった。 2011.0406 そっと、手を伸ばす。 指の先が、すっと伸びた鼻筋にちょっとあたる。 こつんと、心臓の端が小さく鳴る。 たまらず、ふふと笑いたくなるのを、くっとこらえた。 「うん?」 つっついたせいなのか、寝ぼけた声が聞こえたけれど、 瞼は閉じたままで、瞳の奥の色は見えなかった。 今度は頬を指の腹で、ちょいっとなぞった。 小麦色の肌は、思ったよりもするりと滑らかで、 馬の鞍などに使われるなめらかな革生地をちょっと思い出した。 寝衣からちらりとのぞいた首筋から胸の間に、ふっと目がいった。 いつも戦を駆け抜けていくその身体には、治り損ねた大小さまざまな傷が筋を作っている。 ひとつひとつの傷が、どうやってできたのか。すべて知っている。 思わず、指先が伸びる。 小さくて細いけれど、たしかに痕となって残った、戦の傷たちをゆっくりとなぞった。 ひとつなぞるたびに、どうしてその傷を受けたのか、 その時の状態・彼の表情・治っていく傷の姿を思い浮かべた。 指の腹で傷をなぞるたびに、苦しくなるくらい心臓が震えた。 一体いつまで、この気持ちを抱えていかなければならないのだろうか。 そう思っていると、目の前の身体が小さく身じろいだ。 ぱっと顔を見ると、くしゃりと眉をゆがめて、うっすらと目が開いている。 「起きたの?」 そっと、呼びかける。 「・・・ああ。」 まだ眠そうに、いつもなら大きくよく通る声が、かすれたような音を出した。 腰に手を添えられて、くいっと引き寄せられた。 ただでさえ、手を伸ばせばすぐにあった距離が、ぐっと近づいた。 嗅ぎなれた匂いが、鼻腔の中に広がり、ふわっと胸の中を満たした。 きゅっと抱きしめられる。 先ほど指の腹でなぞっていた傷跡が残る胸に、頬がぴたりとくっついた。 じんわりと熱い熱が、頬に伝ってくる。 「・・・どうしたの?」 自分の声が別のものになったみたいに、傷跡の奥の方に響いた気がした。 ふっと、上からかすかに微笑んだ空気が、伝わってきた。 ちょっと視線を投げる。かちりと合った目が、優しく緩んでいた。 「元姫の夢を見てたよ。」 ああ、もう声を聞いただけで。 わだかまりのように、泥のように抱えていた気持ちが、しゅわりと消えていったようだった。 2011.11.14
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