日を重ねるごとに、私たちの関係は、確かに蓄積されていくものがあった。


それは、目に見えるものであったり、心で感じるものでもあった。

一番目に見えるので例を挙げるのなら、それはやはり、キリクがくれたメモ帳だった。




初めてもらったあのメモ帳には、すでにぎっしりと文字で埋まっており、

今は、6冊目のメモ帳を使っていた。

メモ帳が埋まるたびに、キリクは笑いながら、すっと新しいメモ帳を差し出してくれた。


いつの間にかそれが、二人の暗黙のルールみたいになっていた。




メモ帳に文字が埋まる度に、一歩、また一歩、キリクに近寄れているような気がした。









「ハヤテ」と書かれた文字があるページを、細かく破ってしまいたくなる自分がいた。



その文字を見てから初めて、私は勘違いをしていることに、ようやく気付いた。

ヒントなんてそこらへんに転がっていたのに、私には全然分かっていなかった。


メモ帳の中にひそんでいる、「ハヤテ」という言葉におびえながら、私はそっとメモ帳を手で押さえた。


キリクの荒っぽい字からは信じられないくらい、優しい文字だった。大切にしている文字だった。

キリクの声が聞こえなくて、よかったと、初めて思った。


もし、キリクの声から直接「ハヤテ」という言葉を聞いてしまったら、

きっと私は自ら、自分の鼓膜を破ってしまうだろう。









こんな気持ちになる自分が嫌で、

それでもメモ帳に触れている限り、鬱々とした気分が晴れることもなく、

私はたまらなくなって、メモ帳もペンも置いて、家の外に飛び出していた。



キリクからメモ帳をもらって以来、それは初めてのことだった。

いや、ペンを持たずに外に出たなんて、鼓膜をなくしてから、今までにないことだった。



私が持っているのは、ポケットに入っていた数枚のコインだけだった。

紙もペンもない状態というのは、こんなにも不安定だったのだと、私はあらためて思った。


紙とペンは私の口となり、耳となってくれる存在だった。

ぺらぺらの私の身体に、しっかりと息を吹きかけてくれる存在だったのだ。


ただ、その二つの道具を持っていないだけで、

外に出た私はぴゅうと吹いた風に、吹き飛ばされてしまいそうなほど、おぼつかない気持ちになっていた。





今、もしも。キリクとハヤテに会ったら。

私は、聞こえない耳をしっかりと手のひらで覆って、ぐしゃぐしゃになった顔を見られないように

ひざまずいて、膝に顔をうずめるのだろう。


こんな不安定な気持ちになったときに、

鬱々とした気持ちの渦が吹き出てきたら、自分がどうなるか分からなかった。





こんな気持ち初めてだった。


どうして私は、こんな気持ちを抱くようになってしまったのだろうか。



私は、私は。

キリクの優しさに、溺れて。

聞こえない分ちゃんと見なきゃいけないのに、それもしなくて。





きっと私は、誰にも声をかけられることなく、

地面の上に足をふんばっているのが精いっぱいで、


小さなありんこに、そっと同情の目を向けられるような存在になってしまったのだ。





本当に、小さな小さな存在になってしまったような気分になった。








ああ、だめ。だめ。だめ。





聞こえない。なにも聞こえないの。









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