どれくらいの時間が経ったのだろうか。 私には、時計の針が固まってしまったのかと思うくらいに、長くて、息が止まってしまうかと思うくらいだった。 このまま、時が止まってと。 私の気持ちが届いたのかもしれないと、そう思うくらいに。 でも、きっと、一瞬だった。 瞬きをするくらいの、ふっと過ぎていくくらい、儚い一瞬だったのだろう。 私は、視界を遮るために、瞳の上に瞼を乗せた。 もしかしたら、 キリクの言葉だけは、私の耳の上に乗るかもしれない。 そう、思って。 馬鹿みたいだ。 キリクにそう思われるかもしれない。 でも、でもね。 私には重要なことなの。 お願い。一度でいい。 たった一度だけでいい。 私はもう、 それ以上なにもいらないから。 ふっ、と空気が変わったような気がした。 キリクが動いたのだろう。 彼が動いた弾みで、 そっと空気が動く。流れる。 目を閉じた私は、 そんなわずかな流れが肌に伝わってきて、 緊張が更に増したような気がした。 彼が、すぐそばにいる。 キリクのいつも熱いくらいに、 温度が高い体温が、すぐ近くにある気配がする。 私は、それだけで立っていられなくなりそうで。 胸が熱くなる。 もう、瞼を挙げることなど、できない気がする。 すくんで、動けなくなる。 次にキリクが、どうするのか、 私には分かっていた。 私が頼んだことだもの。と思うよりも先に、彼はやはり優しいのだという気持ちが動いた。 瞳に被せている瞼に、更に力を加えた。 なんでもないことをするの。 ただ、名前を呼ばれるだけ。 ううん、違うの。 それが、私には大事なことなの。 ずっと、ずっと。 彼の声が聞きたかったの。 もしも、ね。 彼の声が聞こえたら。 女神様がその一瞬を、私のために下さったら。 私、もうきっと、なにもいらない。 キリクの邪魔にならないように、 彼のしたいことを応援する。 きっと、きっと。 その瞬間は、一瞬だった。 私の脳は麻痺してしまったみたいに、 その一瞬の時間を捕らえて離さない。 耳に、キリクの息がかかる。 私の肌が震える。 皮膚細胞の一つ一つが、木霊して、 空気の振動を伝えあっている。 温かい。そして、尊い。そんな振動を。 揺れている一つ一つを掻き集めると、 聴力が取り戻されて、 神経が伝達されていかないかと。 私は、瞼を伏せたままじっと待っていた。 彼の優しさに、泣きたいくらいなのに。 それでもそれ以上のものを期待して、待っていた自分の浅はかさが嫌だった。 けれど、これは反射のようなものだった。 お願い、女神様。ねぇ、お願い。 それはまるで、水たまりに広がる波紋のよう。 永遠のように短く。一瞬のように長く。 ふっ、と。 初めの近づきと同じように、 キリクの熱が離れていくのが分かった。 私はたまらなくなって、瞼を持ち上げた。 それと一緒に、水たまりの上に落ちた雫みたいな涙が、瞳から湧き上がってきた。 頬に転がり落ちていくそれを見て、 キリクがはっとした顔をした。 違うの。違うのキリク。 メモ帳に字を書くこともできない私は、ただ、ただ首を振った。 たまらない。 きっと、名前が呼ばれたあの瞬間。 細胞一つ一つが叫んでた。 私、やっぱりキリクが好き。 もうどうしたらいいか、分からなくなって。表現の仕方がわからなくて。 キリクに、 手を伸ばす。 私がいま、どんな顔なのか分からないけども。 キリクに伸ばした手を、 キリクはぎゅっと掴んでくれた。 そのまま、キリクの胸に私は頬を寄せた。 私の背中に手が回る。熱がこもる。 伝えられない、空気に乗らない言の葉たちの代わりに、精一杯伝えたくて、私はキリクを抱きしめた。 永遠のように短く。一瞬のように長く。 ふるえるような、時間だった。 |