不満足 side-a 好きだから離れられない。 離れられないから溜まる不満と鬱憤。 (ほんとはちがうのに……) 欲しいのはこの腕じゃない。 本当に欲しいのは。 「やっぱり、もうやめる」 アカリの言葉に、てきぱきと着衣していたオセの動きが止まった。 振り返った精悍な顔には驚きも落胆も見えない。 「皆に顔向けできないようなこと、つづけられないよ」 「何度も言うけど、俺のことは構わないんだぞ」 アカリは首を振った。あの日もそう言って差し出してくれたオセの手に、 すがってしまったのは自分の弱さが生んだ歪みだ。 「お前がやめたいって言うなら俺は止めない。だけど、本当にそれでいいのか?」 うなずいたアカリの頭を、オセの硬い手のひらが包んだ。 「わかった。でも無理しなくていいから、つらいと思ったらいつでも来いよ」 待ってるから、と言ったオセの声は限りなく優しく、アカリは必死で涙をこらえた。 住人の誰も気付かなかったアカリと恋人の不和を、たった一人見抜いたのがオセだった。 親友として付き合いが長く、熱心にアカリの悩みを聞こうとしてくれたとはいえ、 なぜ白状してしまったのかはいまだに自分でもわからない。 ただ、当時のアカリはたぶん、正常な判断ができていなかったのだと思う。 (ごめんなさい) 謝罪は誰に届けたらいいだろう。 アカリのために犠牲になってくれたオセに? それとも、恋人として大切にしてくれているにも関わらず、裏切ってしまったチハヤに? アカリは鉱山地区からトロッコに乗った。日暮れた墓地の階段を、一人で上っていく。 人影の無い協会の広場は、アカリがはじめてチハヤと会った場所だった。 (……ごめんなさい) この土地でチハヤと言葉を交わしたときからずっと、アカリは彼に恋をしていた。 念願かなって恋人になれた日は、嬉しくて眠れなかったほどだ。 このまま幸せな関係がつづくと信じていたアカリを、不安の谷へ突き落としたのは、 アカリの上で揺れるチハヤの、痛みをこらえるような目だった。 身体をつなげることを覚えはじめた頃から、アカリはチハヤとの間に例えようのない違和感を感じていた。 彼は普段のひねくれた顔を、ベッドの上では一切見せなかった。 まるでひどく脆い壊れ物さながらに丁寧に扱われ、 戸惑ったアカリが羞恥から閉じていた瞼をそっと押し上げると、 チハヤの表情は暗く、とても恋しい相手との情交の最中とは思えなかった。 そのときの衝撃を思い出すだけで、アカリはいまでも身体が震える。 チハヤに喜んでもらうための手段を講じるにはあまりに経験が乏しく、 精一杯の思い付きを試してみても、結果は芳しくなかった。 一度不安に取り付かれてからは、順調に思えていた恋人関係も、自分の勘違いではないかと疑うようになり、 いよいよアカリは途方にくれていた。 そうやって、心身ともに疲労していたそのときのアカリにとって、オセの提案はひどく魅力的に見えたのだ。 「経験が少ないなら積めばいいんじゃないか」 「大丈夫だ。誰にもバレないし、お前がつらい思いをすることもない」 「俺で役に立つなら、いくらでも手を貸すから」 すこしでも罪悪感を和らげるように、と出された強いアルコールを嚥下して、アカリはオセに抱かれた。 そして気付いてしまった。 アカリがチハヤとの行為で達することのできない本当の理由と、己の性癖に。 被虐的な行為に性的興奮を覚える人がいることは知っていたけれど、 まさか自分がその一員だとは考えたこともなかった。 もっと乱暴にしてくれたほうが気持ちいい、なんてチハヤには口が裂けても言えない。 さらに嵩の増した隠し事を、オセは受け止めると言ってくれたけれど、 どれほどの快感をくれたとしても、アカリが欲しいのは彼の手ではなかった。 いちばん最初からずっと。 (欲しいのは、チハヤだけ) オセの手を拒んだからといって、元に戻れるなんて虫のいいことは思っていない。 歪みと秘密を抱えたままでチハヤに寄り添いつづけられるほど器用ではない自分を知っている。 (ごめんなさい。あたしが間違ってたの) 歩む先に見えた酒場の灯りに足を止める。 今夜、店を終えて出てきたチハヤに、すべてを打ち明けよう。 アカリの過ちを彼が許さなくても、手の打ちようが無いほどチハヤに嫌われたとしても。 (大好き) どんな結果になっても、それだけは変わらないとわかったから。 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 二イラさんに誕生日プレゼントでいただきました!(自慢) 私のリクエストがチハアカのドロドロのエロエロだったんですが、 もう、私の読みたい作品を見事に表現してくださって、、、!きゃーきゃー! 私は、鼻血が出そうな鼻を押さえました。ええ、みなさんも押さえたでしょうとも。 リクエストさせていただいてから、数日で完成させてしまう二イラさんのすごさ! この文章力!あやかりたいものですー!きゃーきゃー! 二イラさん!本当にありがとうございました! |