結局あの夜の後、バケツであれほど水音を跳ねらせながら泳いでいた魚たちは、 あたしが天ぷらにする前に、互いを食べあって死んでしまった。 朝起きたときに、ばらばらに浮かんだ彼等の死体を見つけて、 あたしはまるで自分のようだとぼんやり思ったことを覚えている。 ご飯の材料にするために釣ってきたはずなのに、 あたしは彼等の安眠を願って畑の横に小さなお墓を作ることにした。 お墓は、スコップで三回掘るだけの深さで充分だった。 あたしは彼等の死体を手でバケツの中からすくっては、ひんやりとした土の中に入れていった。 光を失った目。傷ついた薄透明色の尻尾。ぎざぎざの尾ひれ。ぱさぱさの鱗。 すべてが彼等自身が生きていた時よりもひどく傷つき、醜い姿になってしまっていた。 はらはらと手から離れていく前に、あたしはそれらを愛おしんで見つめた。 それだけが、彼等にあたしがしてやれる精一杯の供養のように思えたのだ。 それと同時に、醜いあたし自身のなぐさめにもなっているような気がした。 「やあ。」 声につられて振り向くと、チハヤが畑の隅に立っていた。 私は泥だらけになった手で、額の汗を拭うとともに、手で日を遮りながら、まじまじと彼を見つめた。 初め、どうしてチハヤが私の畑に立っているのか分からなかったのだ。 彼が一度も、カラメル川の周辺を歩いたり立ったりしているのを見たことがなかったからかもしれない。 それ以前に、あの湖で以外、私はチハヤをキルシュ亭の周り以外で見ることがなかったのだ。 湖に行けば、彼に会えるかもしれない。 そう頭の隅で思いながら、私は全く湖に近づかなかった。 足を湖に向けるたびに、彼と話すきっかけになった魚たちの醜い身体の一部が、 ぱらぱらと頭の中で泳ぎ回るからだ。 その不気味な光景を抱えながら、私はチハヤに会いたくなかった。 「どうしたの?」 「なんとなく、気晴らしに。のどかなものが見たかったのかも。」 「この町は、どこものどかだわ。」 「君にとってはね。」 「あなたにとっては?」 「さあ・・・。のどかというよりは、退屈なのかも。」 さらりと、心地よい風が吹いた。 その風を頬に受けながら、二人はさわさわとなびく牧草を眺めていた。 「じゃあ、今ここにいるのも退屈なことじゃないの?」 「そうかな。でもまあ、君が働いてる姿を見るのは初めてだったから、あまり退屈ではなかったかも。」 「なにそれ。」 「お疲れ様、って言いたかったんだよ。」 「変な言い回し。」 「だよね、自分で言ってもそう思う。」 チハヤはそういうと、小さく笑った。 彼の薄い唇が、緩い弧を描くのを不思議な気持ちで私は見つめていた。 「あなたって、もっとしゃべらないと思ってた。」 「どうしてだい?」 「そんな感じなの。」 「へえ。」 ぱちりとチハヤは瞬きをした。 やはり綺麗な弧を描くように睫が動く姿は、美しかった。 「ねえ。」 「うん?」 「せっかく来てくれたんだし、お茶でもどう?無理にとは言わないけれど。」 私は、そう言った後でひどく後悔した。 彼に対して、なんて軽薄なことを言ってしまったんだろうと思った。 ぱらぱらと、魚たちの死骸が、私の頭の中で踊っていた。 「ごちそうになろうかな。」 「・・・・。」 「どうしたの?」 「ううん、・・・・てっきり断られるかと思ってたから。」 「だって、退屈してるって言っちゃったしね。」 「やっぱ、変なの。」 苦笑しながらも、私はチハヤのために家に足を向け、彼のためにドアを開けた。 彼は長い足で軽やかに歩き、くしゃくしゃの髪を揺らしながら、私の家に入った。 パタンとドアが閉まる音が、私の心臓の音と重なった瞬間を今でも覚えている。 思えば、あれからチハヤはたびたび私の家に訪れていた。 彼と過ごした時間も、重ねた日々も少しずつ増えていくなかで、チハヤは私の身体の一部になりつつあったのだ。 チハヤは、私の目であり耳であり唇だったのかもしれない。 彼の呼吸が、視線が、仕草が、 私の身体のひとつひとつをくっつけてくれていたのだ。 チハヤがいつも、私のどこかに触れていたのは、彼のためだけでなく私のためでもあったのだ。 チハヤがいなくなった今、私はあの魚たちの死骸と同じように、 ばらばらになってしまった醜い身体を眺めていることしか出来なかった。 どうしようもない身体たちを見つめながら、早くあの魚たちのように、 私も冷たい土の中に埋めてはくれないだろうかと、ぼんやりとした頭の中で考えていた。 |