もうあれから何日、彼女の顔を見ていないだろうか。
ドアのノックがするたびに、今日はどんな理由で断ろうかと考えている。
つっかえながら出てくる嘘の事の葉に、彼女の瞳が揺れたのを何回見ただろうか。
星屑の中で、ゆらゆらとさまよっている。
自分の気持ちは一体どこにあるのだろう。
漠然とした不安だとか、恐怖だとか、そんなものたちの中に、
埋もれてしまったかのようだった。
不安や恐怖を感じることなんて、この町に来てから、あなどなかったことなのに・・・。
別れなんて、何度もあった。
出会い、別れ、そしてまた出会って別れていく・・・・。
人よりもその数が多いことも、別れたくない別れだって、
幾度となく経験してきたことだった。
何度も、何度も、何度も。
優しさや喜び、笑顔、憎しみや裏切り、悲しみを見てきた、感じてきた。
いつしかそれに疲れて、星を見るようになった。
星は変わらない。出会いも別れもない。
星たちの世界に、足を踏み入れたら安心する。
ああ、ここなら自分と同じものたちがいるのだ。
悠久の中で、さまよっているのは、自分だけではないのだと。
彼女が、星のようになってくれないかと、叶いもしない願いを胸にひそませながら、
ゆっくりと空を仰ぎ見た。
ゆらゆらとたゆたっている。
この気持ちに気づく勇気が、自分にはなかった。
ちらちらと瞬く星たちの姿を、瞼に捕らえたまま、ゆっくりと瞳を閉じる。
目を閉じてしまえば、もうそこには自分と星たちの世界しかない。
長い長い長い人生。
でもそれは、自分にとっては当たり前の長さで、
人の一生の短さを、自分の身を置いて考えることがなかなか出来なかった。実感が沸かなかった。
寿命なんて気にするものではない。
好きに生きろと言ってくれた師匠の言葉が、頭からくっついて離れなかった。
いつかはきっと終わる命の、
その終わりが見えない長い旅の中に、彼女の存在が日に日に大きくなっていく。
なぜ、人とは言い難い自分の中に、彼女はこんなにも入ってくるのだろうか。
あんなにも、純粋で満面の、人をも幸せにしてくれるような笑顔を、自分に見せてくれるのだろうか。
一生、そう一生。
交わることはあっても、一緒に歩むことはできない。
彼女は自分よりも早く老い、自分よりも早く星たちの仲間へと、遠くの道にいってしまうのだから。
分かっていることなのに、どうしてこんな気持ちになるのだろう。
自分がおかしいのか。それとも彼女がおかしいのか。
分からなくなる。
答えは、すぐそこにあるというのに。
おかしいのは自分だ。自分でしかない。
自分の普通と、彼女の普通が違うだけだ。
ごろん、と。トロッコの中に横たわる。
ここは、夜になると来る人もいないから、
魔法使いの中で、星を眺めるのに最適の場所のひとつになっていた。
夜の風が、頬を通りぬけていく。
トロッコの木の板の固い感触とか、ちょっとひんやりした感じとかが、背中のローブを通して肌に伝わる。
ゆらゆらと星がたゆたっている。
ヒカリと一緒に星を見たことを思い出してしまう。
彼女の薄紅色に近い茶色の瞳の中に、ちらちらと光る星たちの姿が映っているのを、
こっそりと横で確かめるのが、好きだった。
ヒカリの星を見たときの表情とか。
流れ星を発見したときの、子どものように感嘆をあげることとか。
ああ、そうか。
こんなにも、自分はヒカリのことがいとおしい。
いとおしくてたまらなかった。
この気持ちを抱いたまま、星を眺めて暮らすのも、悪くないことなのかもしれない。
そして何百年経ったあとで、ヒカリはどの星になったんだろうかと、彼女の星を探すのだ。
ヒカリの傍にいなければ、同じ道を一緒に歩まなければ、
この気持ちを抱いたまま、
悲しみとか寂しさとか孤独とかを味わうことなく、
彼女との幸せな思い出を胸におさめることができる。
だから、そっとヒカリのことを見守っていよう。
どうか、彼女が幸せでいられますように。
彼女と一緒に幸せを築く人と結ばれますように。
どうか彼女の上に悲しみの雨がふりませんように。
彼女が幸せのまま、空に昇っていけますように。
そして最後に、願わくならば。
そんな彼女の星を、見つけれますように。
ゆっくりと瞼を閉じる。
瞼の裏にヒカリが笑っている。
その姿はいつまでも変わらない。
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