なんで、思いどうりにいかないんだろう。
アカリはいつだって、僕の予想をはるかに超える行動を起こしてくる。
今日だって、本当なら新しい料理の研究をするつもりだったのに、
なんだってこんなことになっているのだろう。
「ごめんね、チハヤ。ほんとうは、全部自分で作るつもりだったんだけど。」
「いいよ、見てられなかったし。呼び出されたときは、なにごとかと思ったけど。」
申し訳なさそうにこちらを見るアカリの声を軽く流して、
僕は銀色に鈍く光るボウルの中身をかき混ぜていた。
彼女が目指していた姿に作り上げるまでに、いったいどれほどの食糧がなくなってしまうのだろうか。
犠牲になる食糧たちの数を少しでも減らしたくて、僕は思わずアカリの肩に手を置いた。
それで、今の状況になったわけである。
「大体さあ、どうして本も見ずに始めようと思ったわけ?」
「それはだって・・・、いつもチハヤが何もみずにやってるから、大丈夫なのかと思って・・・。」
「僕は料理人だからね!」
ツッコミどころ満載なわけで。
アカリといると、いつもの調子を崩されてしまう。
「でも、よかったー。これでキャシーの誕生日に間に合うよ。」
うん?
「チハヤと作ったのなら、おいしいの間違いないしね。ありがとうチハヤ。」
笑顔を向けてくるアカリにあいまいな返事を送りながら、ボウルの中身をかき混ぜ続けた。
そういえば、もうすぐ仕事仲間の誕生日だけれど。
でもその少し前にある僕の誕生日に、アカリはケーキを焼いてくれただろうか。
答えはノーだ。
アカリの料理の腕にいつも首を振っている僕は、自分の身の危険を察知して、
アカリに早々とノーサインを出していたからだった。
そう、自分が行動したことだから、仕方がない。
でも僕がバースデーケーキのノーサインを送ったにもかかわらず、
日が少ししかたってないにもかかわらず、
どうしてキャシーのケーキを焼こうとしているのだろうか。
「僕のは?」
「え?」
「ぼ く の は?」
え、チハヤの?
だって、前の誕生日にいらないっていったじゃない。
そんな顔をしながらアカリが戸惑いの瞳を揺らしているけれど、
僕はにっこりと笑って見せた。
その言葉を発しちゃあだめだよっていう、アカリにだけわかるサイン。
「こ、こ、これは、キャシーのためなので、チハヤの分はございません。」
「ふーん?」
束の間の沈黙。
こころなしかアカリが少し泣きそうな顔になっている。
そうさせたのは僕なんだけど、なんだかおもしろくない。
「・・・・・・・・あ、じゃあまた今度焼いたげる!」
「・・・・・・・・・。」
けっしてめちゃくちゃ食べたいというわけではないのだけれど、(アカリの料理の腕はこの程度だし)
でもついこの間あった自分の誕生日には、自分が焼いたわけで。
(ノーサインを出したのは確かに僕だ)(でもアカリだって、その方がおいしいケーキが食べられるねって言ってた)
なんだろ、僕、結局なにがしたいんだろう。
とにかくあれだ、アカリが僕にしていないことを、だれかにするのが気に入らないんだ。(認めたくないけど)
ほら、こうやっていつも、アカリは僕をかき回すんだ。
「チハヤ?」
「じゃあいーや、こっちで。」
さっと、ボウルを置いて、アカリをこっちに向かせた。
一瞬だけ触る。相変わらずやわらかかった。
「ななななななな。」
離したら、まっかっかなトマトが目の前にあった。
「アカリが悪いんだよ。」
僕の思いどうりにならないから。
ああ、これもあれもなにもかも、すべて彼女のせいだ。
****************
アカリは眉の間に皺を寄せて、難しい顔を作っていた。 さっき出したばかりのリンゴカクテルが入ったグラスにも、 皺を寄せたアカリが、より丸く形を変えて映っている。 「なに、その不細工な顔。」 「レディーに向かって失礼ね。そんなんじゃあ、いいボーイにはなれないわよ。」 「あいにく僕が目指してるのはコックなんでね。」 「そんなことよりもチハヤ、 困っているレディーがいたら、ジェントルマンは優しく声をかけてくれるものなのよ?」 「さっき言ったけど。」 「あんなの失格。」 はああと、これみよがしに大きく溜息をついた。 アカリはさきほどよりもより一層、皺を濃ゆく顔に作った。 「私が真剣に悩んでるっていうのに。」 「ふーん。ニワトリの名前を一時間も、ね。」 「な!なんで知ってるの?」 アカリの声を無視して、先ほどから彼女がにらめっこしていた一枚の紙を、 ひょいっと、アカリの手の中から取り上げた。 「ちょ、見ないでよってば!」 「チコ、チキ、チアキ、チッチ、チコリ、チ・・。なにこれ、チから始まる名前ばっかじゃん。」 「べ、べつに、頭の中に思い浮かぶ名前を書いていったらそうなっただけだもの。」 「ふーん?変なの。」 「もういいでしょー!返してよ!」 「別になんでもいいじゃん、この中から選べば。」 「だめよてきとーなんて。新しい家族になる子なんだから。大事に決めて、素敵な名前にしないと。」 「ふーん?」 「あ、そうだアカリ。アドバイスしてあげるよ。」 「へ?」 ぐいっと、アカリの耳に唇を近づけた。 「別に僕の名前の一文字をとらなくてもいいのにね? それだけ、僕のこと想ってくれてるんだ?」 「あ・・・。」 リンゴカクテルの酔いが今まわってきたかのように、 アカリの頬は、みるみるうちに赤くなっていった。 だったらどの名前を選んでも、 おんなじ気持ちが混ざってるんだから、充分素敵な名前なるんじゃない? なーんてね。 ここまで言っちゃったら、なんだか僕がナルシストみたいになるから言わないけどね。 |