「なんで、元姫と一緒のクラスじゃないんだよ。」
昭は、机にうっぷして口から苦々しく言葉を吐き出した。
高校の入学式から幾日か経った。
新品の制服は、硬く、新しい匂いがする。そして、少し大きい。
これ以上、大きくなったら特注にしないといけないらしいが、
成長期の身体はまだまだこれで終わりそうになかった。(すっげぇめんどい)
新生活は、はっきり言って面倒くさいことばかりだ。
知らない校舎の中、新しいクラスメイト、真新しい教科書、増える時間割。
面倒だらけな高校入学。
その中で唯一、楽しみにしていたのが、目の前にいる彼女、元姫と同じクラスになることだったのだ。
「8クラスもあったら、確率は8分の1だもの。」
極めて冷静に、元姫はそう言った。いま、目に通しているノートから視線が外れない。
8クラス中、元姫は3組で俺は7組になった。中3の時と同じで、また教室の階もが違う。
「そんな冷静に言ってるけど、ほんとは寂しいんだろ?」
「全然。」
「・・・元姫ちゃーん。」
元姫の瞳を覗き込もうとしたけれど、
彼女の瞳は、ノートに元姫が書いていく文字を映すのみで、まったく視線は交わらない。
すっと、目の際から伸びる睫毛が長いなと、思うことは出来るけれど、
元姫の溶けるような薄焦げ茶色の瞳の光をとらえることは出来なかった。
昭は頬杖をついて、じっと元姫を見つめ続けた。
「あ、元姫は、ほんとは照れてるんだよなー。ははは。」
「・・・・・・・・・・。」
「一緒のクラスだったら、教室移動も一緒だし、おんなじ班にだってなれるし、
あ、係とか委員も同じになれるよな。あとはー。」
視線の次は、言葉も返さなくなった元姫にかまわず、昭はしゃべり続けた。
ぽんぽんと挙げることができる数々は、一緒のクラスだったときにやったことがあるやつだ。
でも確か、クラスが同じだと余計元姫に怒られることが多くなったんだっけ・・?
昭がしゃべっていると、じとりとした視線で元姫はこちらを見た。これは、怒る手前に見せる表情だ。
やっと視線があったけれど、それはなんとも睨みつけると言ったほうが正しいような視線だった。
「昭。」
「うん?」
首を傾げる。
なんか俺、悪いことしたか?
「うるさい。ここ図書館でしょ。」
ひそひそと、けれどぴしゃりと元姫はそう言った。
沈黙が深い図書館で、そんな声さえ空気に響いてよく聞こえる。
ああ、そういうことか。
学校帰りに元姫が本を借りたいとかなんとか言ってたから、寄ったのが図書館だった。
なんでも学校の図書室より、いつも通っている図書館の方が使い勝手がいいし、集中できるらしい。
それで、本を借りるまではよかったのだけれど、元姫は机に座って課題をやり始めたのだ。俺がいるってのに。
「じゃあ、さっさと用済ませて帰ろーぜ。そんで、俺ん家で、DVDでも観よーぜ。」
元姫の真似をして、ひそひそ声を出した。
小さな声にしたつもりだけれど、元姫の時より大きく空気に響く。
「先に帰ってればいいでしょ。」
「そしたらなんのために、ここまでついて来たか分からないだろ。」
「まったくもう。」
「だから、早く帰ろうぜ。」
くるくると、持ったシャーペンを回した。
シャーペンが指に当たって響く音が、二人の間で小さく鳴った。
「課題が終わったらね。」
「もう終わりそうじゃん。」
「私のじゃなくて、昭のがね。」
「げ・・・・。」
「終わるまでは、帰らない。」
そう言って元姫はぱたんと課題のノートを閉じた。
最後の行を書き終わり、どうやら彼女の分の課題は終わったようだった。
「・・・元姫、手伝っては・・・。」
「だめよ。」
最後まで言わしてくれず、元姫はさきほど借りていた本の表紙をめくった。
本の世界に浸ることで、こちらを遮断した元姫の方を、昭は恨めしそうに見た。
が、視線が交わることはもちろん、ない。
大きな溜息を吐き出して、
しょうがなく、昭も広げた課題のノートは、まだほとんど埋まっておらず、紙の白さが目立っていた。
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四苦八苦して取り組んだ課題をカバンにしまって、
静けさばかりが響く図書館から出ることができ、やっと帰路を辿ることができた。
長い間、机に向かっていたものだから、背中やら肩やらがバキバキに凝り固まっていた。
「あーいて。元姫、あとで揉んでくれよ。」
「いやよ。」
「はは、即答。」
二人並んで歩く道には、はらはらと落ちた桜の花びらが転々と、道路に色を付けている。
夕日が沈んで、薄らとした墨色が空を覆うとしている。
もうすぐ、一番星が顔を見せるだろう。
「俺ら、まだ一回しかクラス一緒になったことないじゃん?」
昭はさきほど、図書館で話していた話をした。
薄紅色の色をぽつぽつとつけている道路に、転がっていた小石を軽く蹴った。
小石は跳ねて転がり、どこにいったか分からなくなった。
「そうね。」
隣にいる元姫も、昭が蹴った小石の行く先を見ていた。
けれどやはり、小石の行方を見つけることは出来なかった。
「しかも、小二ん時。たった一回。」
「もう、あまり覚えていないわ。」
「俺は覚えてるよ。元姫と同じ、生き物係になった。
ウサギのえさやりとか掃除をしょっちゅう俺が忘れてたから、その度に元姫に怒られたんだ。」
「・・・・なつかしい。」
もう一度、足の近くにあった小石を蹴った。
さっきの小石よりはあまり飛ばず、小石はすぐそこに転がり、なにもなかったかのような顔を見せた。
「なあ、元姫。」
すぐ横にある、昭よりもいくらか小さな元姫の手に、そっと自分の手を重ねた。
手の指を包んで、ゆるくつないだ。
元姫が、自分よりも熱い体温が触れ合う、つないだ手をちょっと見たあと、昭の目と視線を合わせた。
「なに?」
「クラスが違っても、登下校は一緒だし、教科書を借りにとかって理由で会いに行けるだろ。
あと、昼休みは一緒に弁当を食べようぜ。」
つないだ手をぷらぷらと振った。
昭の明るい声が、夜を迎える辺りに、ぱあっと響く。
元姫は、少しおかしそうに首をかしげた。
細っこくて柔らかい手をぎゅっと握る。
薄焦げ茶色の彼女の瞳を捕える。前髪の影になって、今は黒色に近い色に見えた。
「来年は、一緒のクラスになれたらいいな。」
「・・・・・。」
ぷらぷらとつないだ手を振る。
「な。」
もう一度、語尾を強めて言った。
「・・・・・そうね。」
ぽとっと、言葉を落とした元姫は、
先ほど、揺らした名残がまだ残っている昭の手を、ちょっとだけつなぐ力を強めた。
わずかに動いた彼女の手の先と、
薄墨色の空のせいであまりよく見えないが、彼女の頬が薄らと染まっている姿を目にとめて、
昭はこっそりと小さく笑った。
あーもう。こうゆうところが、可愛いんだよな。
元姫がつなぎ返してきた手を、昭はぎゅっと握った。
口角が上がるのを止められなくて、誤魔化すように次の言葉を紡いだ。
「今日は、あれ観ようぜー。BONG&BONG。」
「またそれ?」
すかさず、言葉が返ってくる。
元姫の頬は、まだ少し染まっている気がするが、
もしかしたら昭の勘違いかもしれないし、それとも彼女が気付いていないのかもしれない。
「俺、最近はまってんだよ。」
そう言葉を返して、彼女の手をひいた。
ちょっと縮んだ距離を、街頭に照らされた道路に映る影で確かめながら、
昭はもう一度、ちょっとだけ口角を上げた。
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