気合が込められた掛け声や、触れ合う鍛錬用の棒の音が、空気に鳴り響いている。

鍛え上げられた男たちが、汗を散らしながら、鍛錬に励んでいた。


そんな男たちの中で、小柄な影が見えて、ふと昭は足を止めた。

ちらちらと光に反射して光る彼女特有の髪のおかげで、その場が一瞬光って見えた。


いたいた、さっそく練習してたのか。


彼女を探していた昭は、元姫の鍛錬が終わるまで、見つからないように見守ることにした。

(見つかったら絶対的確率で、自分も鍛錬に参加させられるからだ。)




どの男の兵士よりも、圧倒的に小柄なその身体を使って、元姫はすばやく動き、鍛錬相手の隙をついていた。

今回は棒を使っての鍛錬のようなので、彼女が得意の投げ技は使えないというのに、

元姫は上手に棒を使いこなし、小柄な身体も利用して、上手く相手をあしらったり、攻撃に転じていたりした。


彼女が動くたびに、結い上げた金色の髪がひらひらと踊っていた。



自分も戦に参加したいと元姫が昭に言ってきたのは、半月程前のことだった。


もともとは、反対だったんだ。絶対反対。

元姫の熱意に、しぶしぶ折れただけで。



ちょっと力を込めたら、ポキリと小気味よい音を立てて折れてしまいそうなほど、

か細い身体だというのに、いったい何処にそんな力強さを秘めているのだろう。




しかし、了承したからには、昭も覚悟を決めなければならなかった。

戦場に出たら、元姫のことばかり気にかけていられないから。

万が一、最悪な場合からどんな可能性であれ、

戦場で起こるすべてのことが、もしも元姫に振りかかったとき・・・。


考えたくもない。けれども、想像してその時の対処を考えておかないといけない。

時間が、行動が、ひとつひとつのことすべてが、次の戦局を変える駒のひとつになる。



腹を括らなければならない。

もしかしたら元姫は、昭にその決意をさせるために戦場に出ると言ったのではないだろうか。

頭を使いすぎた矢先に、昭はそう思ったりもした。






「子上殿。」


「あ、おお元姫。」


いつの間にか、鍛錬を終えた元姫は、昭に気付いてすぐ近くまで来ていた。

驚いて、少し素っ頓狂な声が思わず出てしまった。


元姫の額や頬には、小さな粒になった汗が浮かんでいた。

布を使ってその粒を吸い上げていく元姫は、鍛錬を終えたばかりなので、息が少し荒かった。




「見てたのなら、一緒に鍛錬をすればよかったのに。」

ああやっぱり、言うと思った。


「よしてくれよ、自主的になんてめんどくせえ。」


「まったく。」



小さく溜息をつかれる。その言葉も、言うと思った。

言わせているのは自分なのだけれど。


彼女のその口から、説教の一つもこぼされないうちに、

昭は先ほどからずっと、元姫を探していた理由の元を、彼女の前にすっと差し出した。

汗を拭き終わった元姫は、ん?と小さく首をかしげた。



「なに?」


「これ、元姫に。」


小包を元姫の手に持たせた。

これを渡すためにめんどくさがらずに、元姫を探していたのだが、いざ渡すとなると少々恥ずかしかった。


考えてみれば、こうやって贈り物をするのは許嫁という関係になってから初めてだった。



「頼んで、作らせたんだ。」


恥ずかしさを紛らわすように、早口で説明した。


手渡された品物の封を解くと、きらりと薄青色に光る、大き目の宝石を軸にした首飾りが顔を現わした。

元姫は驚いて、もともと大きな目をさらに大きくして、ぱちぱちと瞬きをした。




「ありがとう・・。子上殿。」



驚いた顔のまま、元姫はそっと言葉を寄せた。

口角を少し上げて、両の手の平の上にある贈り物をじっと見つめている。

光に反射するたびに、二人の間で首飾りはちらちらと光っている。



「きれい。」



同じ石を使って、作らせた首飾りは二つ。


元姫に渡した方が、大粒で四角に近い形を成しており、昭が持っている方は、小粒で伸びた楕円形をしている。

宝石から連なる飾り紐や装飾も、それぞれ二人に合うように、頼んでおいた。


だから、ぱっと見、おそろいの首飾りには見えないけれど、

ふたつの首飾りをもっとも彩る中心の宝石は、確かに、もともとはひとつの石である。







「戦場でも、肌身離さずつけとけよ。絶対に、な。」


昭は、元姫に念を押すように言った。

戦場でつけておくことが、重要なのだから。


「せっかくの子上殿からの贈り物なのに、それでは汚れてしまう。」


「あーえっと、それは、だな・・・。」



お守りだからだ。

言おうと思ったその言葉は喉に張り付いたまま、奥に引っ込んでしまった。


やっぱり目の前で言うのは、な。

正直すぎて俺らしくない。



ちょっと口ごもったら、くすりと元姫が笑った。


昭が考えていることは、聡い元姫にはお見通しなのだろう。

昭の気持ちも、考えも、もしかしたら、

この首飾りを彩る宝石が、今は昭の服の中にしまってある、もう一つの首飾りと双子ということも。



「つけてもらえる?」


「ああ。」


そっと、差し出された首飾りを受け取ると、元姫の後ろに回った。

少しだけ腰をかがめて、元姫の首の後ろで飾り紐を結んだ。

相変わらず白い肌と、結い上げているおかげでくっきりと見えるか細いうなじのラインに、少しだけどきりとした。


元姫の前に戻ると、真正面から彼女と先ほど昭が着けたばかりの首飾りを見た。

結い上げた金色の髪の毛がさらりと肩に落ちている。

元姫の白い肌と、金色の髪の毛に、薄い青色を放つ宝石がよく映えていた。




「似合ってる。」


ふふ、と小さく元姫は笑った。


「大事にする。ありがとう。」


「お、ああ。」




あらためて、元姫を戦場に出すことを了承するんじゃなかったって、後悔した。

彼女の強い意志は、昭がどんな言葉をかけようと変わらないのだろうけれど、

それでもやはり、心配や不安や様々な感情が絡まって、頭から離れなかった。



俺が近くにいなくても、それでも元姫のことは俺が守る。目を離さない。


お守りだけれど、首飾りはそんな昭の決意も表していた。

腹を括った気持ちが少しでも緩まないように。

目の前で微笑んでいる元姫の、その微笑みが消えないように。


絶対、恥ずかしくて言えないけれど、でも常に心の中に留めておこう。






お前の為だよ。



でもやっぱり、俺のためにも、だな。







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