目が、印象的な少女だと。 初めて顔を見たとき、昭はそう思った。 宴の席で、目の前に座る少女の姿を、昭はちらりととらえた。 真白い光の色に近い金色の髪が、きれいに結い上げられている。 明るい宴の席なので、その目立つ髪色が明かりに反射しては、ちらちらと光っていた。 父上が開いたこの宴席の目的は、許嫁である昭と元姫の顔見合わせであった。 顔を見ることなく婚儀を行うことの方が多いこのご時世に、 顔を見合すことができるのは、なかなか珍しいことなのではないかと、 こうゆう席に疎い昭でさえ、ひしひしと感じていた。 うだうだとごねていた自分に対しての父上の処置なのだろう、と昭は思った。 昭自身も、婚儀の前に相手の顔を見ることは、 兄上が言ったように、なんらかの覚悟を決めるきっかけになるだろうと思い、 前よりは拒絶的な気持ちを抱いてはいなかった。 そんな中で行われた宴は、何事もなくつつましく進行していった。 食事を取り終わると、昭と許嫁である少女は、父上の発案で中庭を散策することになった。 ただ、見慣れた庭を歩いているだけなのに、 隣に、初めて会った、しかも将来自分の妻になることが決まっている少女がいるだけで、 なんだかこそばゆいような、妙に照れくさいような、変に緊張した気持ちになった。 花がきれいだなあとか、空が青いなあとか、 そんなありきたりな言葉のひとつでも発した方がマシなのかもしれないが、 この少女の前で、そんな当たり前の言葉を紡ぐのが、なぜだか気がひけてならなかった。 なんともいえない微妙な空気が、二人の間には流れていた。 昭の舌は、宴の席で食事と一緒に、 喉の向こうに流れていってしまったかのように、音ひとつ出てこない。 しばらく黙って二人で歩いている間、 どんな言葉を話したらよいのだろうかと、久しぶりに頭をくるくると忙しく回転させていたら、 ずっと斜め後ろを歩いていた少女が、昭よりも先に口を開いた。 「子上殿。」 少女の声が、空気に触れて昭の耳に届いた。 宴席で聞いた時よりもずっと、居心地の良い、凛とした声だった。 「うん?」 やっと出てきた言葉は、さっきまで頭を使っていたわりには、間抜けな音だった。 ああ、なんかかっこ悪いな、俺。 少女の瞳を見る。 相変わらず、印象的な瞳だった。 瞳の裏に秘めている色があるように、 ずっと見ていると、薄い色のその瞳に吸い込まれそうな引力も、同時に昭には感じられた。 「子上殿は、この婚儀に乗り気ではないと、私には感じられます。」 ずばりといきなり本心を突かれたことに、昭は驚きを隠すことが出来なかった。 それほどまでに、自分の態度がこの少女には感じ取られてしまったのだろうか。 「・・・よく分かるな。」 「考えが面に出やすいお方のようですので。」 どうやら早くも、自分の性質を掴まれてしまっているらしい。 昭は、舌を巻かずにはいられなかった。 「・・・・・確かに、婚儀なんてまだ俺には早いと思ってる。元姫殿の言うとおりだ。」 「元姫と。あなたがどう思おうと、私はあなたの許嫁ですから。」 「ん?ああ、分かった。」 昭の言葉は、元姫に届いているはずだ。 失礼なことを言った自覚があるのだが、少女と自分の間に流れる空気が濁ることはなかった。 「私と許嫁になることが嫌なのですか、それとも誰であれ、婚儀自体が嫌なのですか。」 まっすぐとこちらを向いて、そう言の葉を紡がれる。 言葉には不安や苛立ち、不満など少しも紛れておらず、 ただ純粋な疑問として投げかけられているように、昭には感じられた。 元姫がその調子で尋ねてくれたので、 昭は素直に少女に向かって自分の気持ちを口に開いた。 「嫌というより、めんどうだったんだ。 新しい関係を築くことで、自分の考えに変化が生まれることも、顔も見たことがない奴と許嫁になるのも。」 元姫はだまって、昭の言葉に耳を傾けていた。 許嫁の立場から聞いたら、普通なら不快で仕方がないはずだろうに。 けれども、元姫は眉ひとつ動かさずに、瞳をこちらに向けていた。 昭は、その時の元姫の顔を見て、彼女に興味を持ち始めている自分に気付いた。 「今は、どう思って、おられるのですか?」 知らず知らず、昭の答え方が過去形になっていることを、元姫はこぼさずに聞き拾っていた。 そっと、昭の耳に乗せてくるように尋ねる声は、つつましく、いたって冷静であった。 少女の声が、昭の耳に入り込むと、 その声の音は、ぱーんと響いて、耳から離れなくなる。 瞳の次に、この声が印象的だと、昭は思った。 とらわれる。 その瞳に、その声に。 少女はそんなつもりは微塵もないのかもしれない。 でも、その一挙一動に、初めての出会いだというのに、 昭を惹き付ける引力が、あちらこちらに散りばめられている。 「・・・もっと元姫のこと、知りたくなってる。・・・・って言ったら、どうする?」 引力に引き寄せられるように、ずいっと元姫の瞳の前に自分の瞳を寄せた。 やっぱり小さいな。だいぶ腰をかがめないといけない。 それにしても、やっぱり大きい瞳だ。 このまま瞳を取り出して、手のひらの上で転がしたくなる。 昭の瞳が、元姫の瞳をとらえる。 瞳の中にある薄い色が、突然のことに小さく揺らいでいる。 さっきまでは、眉一つ動かすことのなかった人形のような顔に、 うっすらと朱色が頬に色づけられるその姿を見て、昭は抱きしめたくなる衝動を懸命に抑えた。 その染まった朱の色が、少女の返す言葉を、十二分に表していた。 かわいい。 純粋に、頭に浮かんだ言の葉は、喉の奥にしまっておいた。 あー、もしかしたら、これが恋ってものなのかもしれない。 そう、昭は思った。 |