気だるくなるくらい、暖かな空気が流れはじめる昼下がり。 欠伸を噛み殺しながら、ぼんやりと庭を眺めていた。 そういえば、もう半刻もしない内に、模擬演習が始まる。 あー、めんどくせえなあ。 こんなにも、このあったかい空気が、寝ろ寝ろと誘っているというのに。 「子上殿。こんなところで、何をしているの?」 突然、後ろから声が降ってきた。 振り向かなくても、その声の主が誰だか分かる。ま、当たり前か。 「おー。なにって、のーんびりとしてるんだよ。」 前を向いたまま、答えた。 庭に咲いている花だったり草だったりを見る。 ゆらゆらとかすかに揺れているそれらだけを見ていると、のどかな気持ちになってくる。 「・・・確か、もう少ししたら、模擬演習があるんじゃあなかったかしら。」 現実に引き戻された。あくまで冷静な声。 その声、もちっと優しくなんないの?俺は愛しい旦那様だぜ?絶対に言わねーけど。 「あー、わかってるって。それまで少し休憩、だ。」 手をひらひらと振る。現実はそんなにのどかじゃあない、か。あーあ。 「まったく。」 俺の耳に届くように溜息をつく。 わかってますって、ちゃんと時間になったらいきますって。 「それより元姫。なんかいい匂いしないか?」 「こっち見ないから。ほら。」 くるっと、顔だけ元姫のほうを向いたら、 ほのかに湯気をまだ出している、うまそうな匂いの主がそこにいた。 「肉まんかあ。」 「子上殿も食べる?」 「ん?ああ。ありがとう。」 寝転がっていた身体を起こして、元姫の方に向けた。 受け取った肉まんは見た目どおり、かじりつくと中まで温かかった。 「うまいなあ。元姫は、食べないのか?」 「部屋に着いてから、食べるつもりなの。」 「そうか。」 元姫が持つ入れ物の中には、丸くて白い肉まんがもうひとつ残る。 ちょうど元姫の胸の前に入れ物がくる形になっていて、ぼんやりともうひとつの肉まんを俺は見つめていた。 「子上殿?まだいるの?」 「肉まんみたいだよなあ。」 「・・・・・・!」 あ、やべ。つい口から出ちまった。 元姫の方を見ると、ふいっと後ろを向いて自分の部屋の方向へと足を向けていた。 「おい、元姫?」 「話しかけないで。」 ぴしゃりと言葉をはねつけられた。 後ろから少し見える頬が、こころなしか膨れている気がする。 ・・・なんでだ? そんなに怒ることだったかな。 「司馬昭殿。模擬演習の時間でございます。」 「あーわかったよ。」 はあ、追いかける時間もない、か。 しゃあねえ、終わった後で聞いてみっか。 ************************* 「昼はどうしたんだよ、元姫。」 めんどくさかった模擬演習も終わり、 夕餉の席でも口を聞いてくれなかった元姫の部屋に顔を出してみた。 努めて明るく、そう話しかけてみた。 「・・・・・・・・・・・・。」 沈黙。 「あー、昼言ったことでそんなに怒ってんのか?悪かったな、つい口からすべって・・。」 でも、そんなに怒ることだろうか。 むしろ褒め言葉にもとれると思うんだけどなあ。 「なあ、元姫?」 「・・・・・悪かったわね。肉まんみたいに丸い顔で。」 「へっ?」 じとりと睨まれた後、(大きい瞳で睨まれると、けっこう迫力がある) ふいっと元姫は瞳をそらした。 「・・・昼・・・・、私の顔を見て、そういった。」 なんだそんな風に思ってたのか。 「あー違うって、俺が言ってたのは・・・・あー、めんどくせぇなあ・・!」 「・・・!・・また、めんどくせえ。」 「俺が肉まんみたいって言ってたのは、顔じゃなくてこっち、だよ。」 つ、と指さす。 「!!!」 ようやっと気づいたらしく、元姫はもともと大きな瞳をさらに大きく見開いた。 指さした方から少し上の首のあたりが、 真っ白な絹のような肌のはずが、今はほのかな朱色に染まっているような気がした。 首から上を見やると、元姫の顔は朱色に染まっていた。 あ、かわいい。 「・・・恥ずかしい。」 消え入りそうな声を、ようやっと俺の耳が拾う。 「でも、子上殿の先の発言もいかがなものかと・・。」 「元姫。」 最後まで言わせない。 伏せた睫毛の奥にある瞳の色を見たくて、手を使ってこちらを向かせた。 瞳が小さく揺れる。 透けそうなほど透明に見えた。 相変わらず朱色に染まっている頬が目に入る。 元姫の揺れる瞳を見つめながら、 もともと朱色の小さな唇に、口づけを落とした。 小さな身体なのに、どうしてそこだけは豊満なんだろうと思う、肉まんのように白くて丸いのが二つ。 その柔らかさも味も、知っているのは俺だけだ。 肉まんにしたら二人分だけれど、それを食べていいのも、もちろん、俺だけだ。 もう夜だし。それじゃあ遠慮なく。 |