食べられる、ってそう思った。

チハヤの薄い唇が、弧を描く。空に描かれる三日月の上品なラインを思い出した。

あたしは三日月とキスしているのかな、って頭でロマンチストな考えが浮かんできて、

ふふっと思わず笑ってしまった。



「なに?」


あたしの笑い声を聞いて、チハヤが言葉を寄せる。

上から降ってくるチハヤの声はちょっとそっけなかった。

さっきまで、びっくりするくらい熱いキスをしていたのに、忍びないなあって、

酔ったあたしの頭でも少し寂しさを覚えるような声だった。



気付いたら、二人でベッドに倒れてました。

そう言い切ってしまうには、あたしの記憶はお酒で完璧に消されてなかったし、

酒場で働いているチハヤはあたしよりも飲んでいないんだから、酔いつぶれたって言い訳はできないはず。

軽はずみな行動、って二人とも分かりながら、今の状況を楽しんでいる。そうとしか、思えない状況だった。


夜ごはん、食べてく?

そう誘ったのは確かにあたしだった。

かがやくタマゴが採れたら分けてほしいってチハヤから言われていて、

せっかくだから今日採れたてをお裾分けしようと思っていた。


かがやくタマゴを産み落とされた日がたまたまアルモニカが休みの日曜日で、

その日は野菜や果樹園の収穫も重なっていて、ばたばたとしていたあたしは、

チハヤの家に直接届けにいく時間を惜しむことができずに、しょうがなく電話一本かけた。

彼は、アルモニカが休みということもあって、牧場の仕事が落ち着く夕方に取りにいくよと申し出てくれた。

あたしはその申し出をありがたく受け入れ、チハヤが訪れるその時まで牧場を駆けまわっていた。

そのせいで、チハヤが牧場を訪れたときにはあたしの肌にはいくつもの汗が流れ、

べたべたとした不快感が纏っていた。



「忙しそうだね。」

チハヤはあたしの額から流れる汗を見ながらそう言った。

あたしはちょっと恥ずかしくて、慌ててタオルで汗を額から引き剥がしながら取り繕うように笑顔を見せた。


「だいぶ落ち着いてきたよ。これ、言われてたかがやくタマゴ。3つ採れたの。」


「へえ、すごいね。じゃあ遠慮なく。」

チハヤはすっと目を細めて嬉しそうにタマゴを受け取った。

つと、チハヤはもう一度あたしの方を見る。なに?拭き取れて汗でもあったかな?それとも顔赤い?

あたしはタオルで首元を押さえながら首を傾げた。


「お礼はどうしようか、なにか欲しいものとかある?」


「え、いいよいいよ。いつもアルモニカでお世話になってるし。」


「そういうわけにもいかないよ。」



「そう、んー。あ、じゃあ。」


夜ごはん作ってほしい、かな。

あたしの提案にチハヤはぱちりと瞬きをして、そんなことでいいの?と聞かれた。

あたしはこくこくと頷いた。

今日はアルモニカもお休みだし、忙しい一日の後に自分のために夜ご飯を作る気にもなれなくて。

チハヤの料理をアルモニカに行くことなくごちそうしてもらえるなら、これ以上のお礼はなかった。


「じゃあ、キッチン借りるよ。材料なにがあるかな?」


「今日採れたてならけっさくタマゴとかミルクなら。

 あ、今日果樹園でリンゴを収穫したし、サツマイモとナスもあるよ。」


「すごいね、それって使ってもいい?」


「うん。あと、冷蔵庫にもなにかあると思うから、適当に使って。あ、あのね。」


チハヤがこちらを見る。

紫の瞳って珍しいね、って前言ったことがあった。チハヤはそう?っとさも興味もなさ気に答えてたな。

その瞳が、夕焼けの赤とかオレンジの光に反射して、ワインのように光っていて、

あたしはおもわず見つめ直してしまった。


「うん?」

チハヤの声に、瞳を見ていたあたしははっとなって、本題を打ち明ける。


「その間、あたしちょっと温泉入ってきてもいい?ほら、汗かいちゃって気持ち悪くて。」

独身女が男性を家に招いておいて、こんなこというの本当ははしたないのかもしれないけれど、

朝から駆けまわって身体中の汗が流れた後の身体は、気持ちわるくて、早く流してしまいたかった。


「ああ、どうぞ。じゃあ、その間遠慮なく物色させてもらうよ。」

チハヤは何気なしにという風にそういうと、それじゃあお邪魔するねっとあたしの家に入った。

あたしは、さも興味もない感じのチハヤの態度をありがたく思いながら、お風呂の準備を手早く整えると、

家の奥にひっそりとある温泉に入りにいった。

いま考えたら、ここからよろしくなかったんじゃないかな、ってほんとそう思う。



あたしが温泉から上がって、汗の欠片を湯で流してさっぱりとした気持ちで部屋に戻ると、

部屋の中はいい匂いがたち込めていて、あたしは麻薬を吸ったみたいにくらくらした。

ああ、なんか今日いいな。仕事して帰ってきてお風呂から上がったらこんなに素敵な料理が待っているなんて。


あたしはうっとりとした気持ちでチハヤの料理を見た。

彼の間違いない腕で作り上げられた料理の数々は、どんな料理か聞かなくても、おいしいって確信を持っていえた。


「チハヤ、ありがとう。ほんと、おいしそう!」


「お疲れ様。食べる?」

「うん!」


それから二人で完璧な夕食を胃袋の中に納めていき、あたしは幸せな空気を吸って良い気分になったついでに、

せっかくだから熟成させたワインを飲まない?とチハヤを誘った。

チハヤはしょうがないな、とこぼしながら嫌とは言わずに、あたしがグラスに注いだワインを受け取ってくれた。

ゆらゆらとグラスの中でワインを揺らしながら、あたしはさっきみたチハヤの瞳の色みたいだと思っていた。

飲んでしまうのが惜しいくらい。

そう思って、あたしはワインが空くたびに、もう一度その色を見たくて、新しいワインをグラスに注いだ。


「ちょっと飲み過ぎじゃない。」


チハヤに忠告されるのももっともだと思った。

でも、その色に捕らわれたあたしは酔っぱらってしまったことも相まって、

グラスにワインを注ぐことを止めたくなかった。


「だいじょう、ぶ。」


「全然、大丈夫そうに見えないんだけど。」


「そう?」


「うん。」


「だって、ね。」


言葉を紡ぐ代わりにワインのグラスを取り上げられる。


「いくらここが君の家でもね、お風呂上りに男の前でそんなに酔っぱらうのは隙がありすぎるんじゃない?」


ぐうの音も出ない正論を並べられたのに、あたしはグラスのワインを返してほしくてチハヤに手を伸ばした。

そうしたらほとんど抱きつきにいく形になって、あたしの目の前には気付いたらチハヤの顔があった。


「ちょっと。」


「だってね、チハヤの瞳の色みたいで。きれいだったの、そのワインが。」


だから、何度も飲み込みたくなったの。だって、きれいなもの女の子は好きでしょ。

チハヤの瞳が揺れる。グラスを振ったときのワインみたいに。



「反則。」


「え。」


「この距離で、そんなこと言うの反則って言ってるの。ねえ、手出されてもおかしくない状況って分からない?」


ぶっきらぼうな声があたしの耳を犯す。

あたしはちょっとチハヤに顔を近づけた。もっと、揺れる紫のワインを見ていたかった。



「チハヤにならいいよ。だって、あたし今変なの。溺れてるみたい。」


「言ったね。」

ぐいっと、頭の後ろに手を入れられて顔を寄せられると、キスをされた。

はっとするくらい熱くて、離れた瞬間にチハヤの瞳が意地悪っぽく光った。



「もう、止まらないから。」


もう一度キスをされる。荒っぽいキス。ちょっと待ってっていうよりも先に、今度は深く、舌が入ってくる。

ああ、犯されてる。何度も浸食してくるチハヤの舌が熱くて、ワインで酔った頭ではついていけなくなる。

気持ちいい。牧場経営をはじめてからそんな経験はとんとなくて、久しぶりのキスに文字通り溺れそうになる。


「ん…。チハヤ…ワイン残ってる…。」

ぼうっとしていく頭の中で、チハヤの手にはまだグラスが握られていて、

空いている片方の手だけで抱き寄せられていることに気付いたあたしは、そう言った。

キスの最中に言葉を出すのはしゃべりにくくて、変な声が混ざる。


「ああ、これ?」

チハヤは余裕のある声でグラスを揺らす。残り少ないワインが音もなく揺れる。

こくんと頷くと、チハヤグラスを仰いでワインを飲みほしてしまった。

あ、とあたしがチハヤの口元を恨めしそうに見ると、チハヤの瞳が意地悪く光っている。


チハヤの顔が近付いてきて、噛みつくようにキスをされる。

と、口内にワインの味が広がる。口移しだ、と頭では分かっていてそんなの恥ずかしいって気持ちがすっかり

酔ってしまっているあたしは、唇を一層ぴたりとくっつけてチハヤから移るワインを嚥下した。

生温かくて少し渋みのあるワインが、口内を通っていく。口の中までチハヤに犯されている気分になった。



「んっ。」


「アカリって、意外とエロいんだね。」


チハヤが楽しそうに言う。あたしはぼんやりチハヤを見る。

うん?と首をかしげて、眉根を寄せるとチハヤの唇があたしの唇による。


「そそられるってこと。」


ほとんど、唇同士がくっついた状態でチハヤは囁く。

それからまた熱いキスが降り注いだ。酸素が足りなくなるくらい、濃厚なキスを繰り返しながら、

あたしたちはもつれるようにベッドに倒れ込んだ。

キスが振ってくるたびに、チハヤはあたしの服の下に手を伸ばした。


「アカリって細いから硬いと思ってた。」

背中や腕を触りながら、チハヤはそう言った。

首元にキスをされる。あたしは小さく笑いながらチハヤの言葉に答える。


「なにそれ、失礼。」


「でも意外と着やせするタイプ?こことか。」


チハヤの手がお腹をたどって胸にいきつく。

背中を触られてる間に気付いたら下着のホックが外されていて、チハヤの手はあっさりと下着の下の胸に触れる。

触られ方が思っていたよりも優しくて、あたしの声が漏れる。


「思ってたよりあるんだね。」


そんなに胸ないって思われてたのか。

怒りたくてもそんなに優しい触られ方したらできない。

悔しさを隠す代わりにあたしはチハヤの頭を浮かんで顔を寄せる。

もう何度したか分からないキスを繰り返している。溺れるなら、いっそ底まで溺れないと。



「電気消して。」

キスが終わると同時にあたしはそう囁いた。


「いまさら恥ずかしがってるの?」


「んー、だって。一応初めてなんだもの。」


「ほんと?」


「でしょ?チハヤとするの。」


「ああそういうこと。わかったよ、優しくするから。」


「なんか、信用できないなあ。」


頭をくしゃりと撫でられる。チハヤは身体を起こすと、近くにあったリモコンで電気を消した。

ふっといきなり暗くなった部屋の暗さに目が慣れなくて、あたしは瞬きする。

チハヤはもう慣れてしまったのか、それともあたしの熱をたどってか、

いとも簡単にキスをしながらあたしの服を脱がす。


服を隔たない中でぴたりとくっついた肌がとても気持ちよくてあたしは目を閉じる。

酔った中であたしはチハヤの瞳に犯されたのだ。


記憶なんてなくなってた。なんて言ってしまうにはもったいないくらい。

あたしの中にチハヤが入った瞬間がどうしようもないくらい幸せになってしまった。




どうしよう。後戻りなんてできない。

恋人という符号を持たないあたしたちの間で、

それはお酒という名の彼の瞳に溺れた一時だった。





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やっぱりあたしにエロは早かった。。。
書いててとても恥ずかしかった。(何歳)というわけで途中で切り上げ。