しんしんと、雪が降っている。 まるで、ケーキの上に振りかける砂糖のパウダーみたいに、細かくて消えてしまいそうで。 そっと手を伸ばすのもなんだか気が引けて、赤くなった指の先をポケットの中にしまいこんだ。 冷たいまま、手はポケットの中で縮こまった。 「なにしてんの?」 声をかけられる。 振り向かなくたって誰だか分かるけれど、声につられてちょいっと振り向いてしまう。 雪のパウダーが空気の上を踊る中で、しっかりとマフラーを首に巻いて、チハヤがすぐこちらまで歩いてきた。 深い紺色のマフラーが、白さを増す景色の中で、いやにくっきりと私の目に映った。 「チハヤ。」 思わず、名前を呼んでしまった。 チハヤの明るい髪の毛の上に、ふわりふわりと雪の粉が降っては、見えなくなる。 その姿を見ながら、オレンジケーキにパウダーをかけたら、こんな感じになるのかしら?と 本人には絶対に言えないことを、ちょっと頭の隅で思ったりした。 「この寒い中、よくそんな風に突っ立ってられるね。」 君って変人だよね。と言わんばかりの口調で、チハヤはそういった。 そう言うチハヤの姿は、厚手の手袋に、しっかりと巻いたマフラーをして、 素肌なんてほとんど見えない出で立ちだった。 私はそんなチハヤの言葉に反論するために、ポケットから手を出して、 雪を受け止めるように手の平を突き出した。 「だって、雪が降ってるのよ。」 「だからだよ。僕だったら、さっさと帰るけどね。」 「うーん。ロマンチックさに欠けるなあ。」 「馬鹿みたい。」 雪よりも冷たく、切り捨てるように言葉を吐いたチハヤは、さっさと自分の家の方に歩いていく。 かちりと固くなった土のせいか、いつもよりも足音が鋭く響いた。 「あ、待ってよチハヤ。」 「帰るんでしょ。」 「帰るけど、もうちょっとゆっくり歩かない?」 同じように二人で辿る海沿いの道は、いつも風がつよく髪をばたつかせる。 今日は雪が踊る姿を目で見えるせいか、一層風の強さが引き立つように思えた。 素肌をさらしている手がたまらなくなって、慌ててポケットの中に両手を避難させた。 それでも、ふるりと身体が震える。 「きみの姿、見てるだけで寒いよ。なんでマフラーも手袋もしてないのさ。」 そんなこといったって。 まだ雪が降る前は、仕事のおかげで身体をめいいっぱい動かしていたので、 寒さなど感じられず、マフラーも厚手の毛糸の手袋も、仕事の邪魔でしかなかった。 変わりに軍手をしていたけれど、それも仕事の終わりとともにはずしてしまった。 それからちょっとお昼のお茶でもと、町に出かけたときは雪も降っていなかったし、 仕事が終わったばかりの身体は、まだ寒いとも思っていなかったのだ。 それをつらつらと話しても、まるで言い訳してるみたいだし、 寒さが衰えるわけじゃないので、私はぐっと口をつぐんだ。 「じゃあ、チハヤのマフラー貸してよ。」 「いやだね。」 即答で返ってきた答えは、外の空気と一緒でひどく冷たいものだった。 思わず頬を膨らましそうになったけれど、ぴりぴりと痛かったのでやめておいた。 「ケチ。」 ポケットから手を出して、はああと息を吐き出した。 二酸化炭素を多く吐き出せば、ちょっとでも指の先まで温かくなるかもしれない。 真っ赤になって、かじかんだ指は、ちょっと動かしても感覚がなくなっていて、自分の手じゃないみたいだった。 「ほら。」 ポケットに戻そうとした右手を、チハヤはぐいっと引っ張った。 厚手の手袋をしたチハヤの手が、私の右手をぎゅっと覆う。 手袋越しだからか、こもったような熱が、私の指の先を氷みたいに溶かしていく。 「え?」 「見てられないから。」 じんじんと熱が伝わってくる。 他のどこも、刺すように冷たいけれど、右手だけはまるで別世界に飛んでしまったみたいだった。 「チハヤって、意外に優しいんだね。」 「それ褒め言葉?」 「あー離さないで。さっきの、ケチって言葉は取り消すから。」 「調子いいんだから。」 ふっ、とチハヤが笑う。 その顔が、なんだか無性にあったかくて、優しくて。 私は今さらながら、チハヤと手をつないでいるということに恥ずかしくなってきた。 「アカリ、顔真っ赤。」 「だって、寒いから。」 私は、慌ててそう言った。 ぴりぴりと頬がしびれるのは、冷たい空気のせいだけじゃないって思いながら。 |