「ねえ、私たちの関係ってなに?」 「突然、なに言ってるの?」 「ただ、気になったの。私は、あなたとの関係をこのままずっと続けていきたいの。 でもあなたはもしかしたらいつか、誰かとなんらかの関係を持つかもしれない。 そのとき、私との関係をはっきり決めておけば、すっぽりとそれにおさまることができると思うの。」 「変なこというんだね。」 「だって、大切なことでしょ?」 「変わらないよ。僕たちの関係は。それにわざわざ名前を付けることは、必要ない。」 「なんでもいいのに?お茶のみ友達とか、友達以上恋人未満とか。」 「いっそのこと、恋人にしたら?」 「・・・・・冗談でしょ?」 「はは、よくわかるね。」 乾いた笑い声だった。 すっと、氷が音も立てずに割れていくように、私の耳にその言葉たちは沁み込んでいった。 飾り気のない、まっすぐなチハヤの言葉たちは、 これ以上なんとも言えようがないくらい、私たちの関係をおさめこめてしまっていた。 誰よりも長い間、時を分かち合ったら恋人なの? 心さえ通じ合っていれば、恋人なの? キスをしたら、恋人なの? 身体の関係を持ったら、恋人なの? そんな疑問詞を浮かばせない私たちの関係は、恋人でもなくて、かといって仲の良い友達でもなくて。 その関係は緩やかで心地よいものだったから、私もチハヤもそのままでいることを望んでいた。 でも、心のどこかでは、うずうずとなにか歯痒いものが、この関係を否定していた。 チハヤがこの関係がいいというならば、いいのかもしれない。 だって、私がいいと思って、チハヤがいいと思って、そしてこの関係がずっと続いていったら、 私はチハヤの隣にいることができるもの。 それはいっそ、恋人よりも重い、でもとらわれない。 軽いと思ったら重くて、重いと思ったら軽い、うやむらで浅はかな関係だった。 どっぷりとつかってしまえば、まるで酔ってしまったかのように、抜け出せない関係だった。 ハーブティーを飲むチハヤに、気付かれないように、私はそっと溜息をついた。 こんな不安定な関係が、一体いつまで続いていられるのだろう。 チハヤがもうやめようと言ってしまったら、泡のようにしゅわしゅわと消えていく関係なのだから。 それは、まだまだずっと先のようにも思えるし、もう、すぐそこまで来ているようにも感じられた。 その不安が、私の胸の裏側に、さびのようにこびりついて剥がれなかった。 好き、とはまた違う、そんな二文字の言葉に収めてしまうことよりも、もっと大切にしたいこの気持ちに、 愛してるとか、そんな言葉たちをはめ込めてしまうのも、なにか嫌だった。 もっと手のひらの上で、そっと包み込んで、大切に育てたい感情だった。 「チハヤ」 「うん?」 ハーブティーを飲んでいたぼくに、アカリはそっと後ろ手に隠していたものを差し出した。 小さな花を幾重にも身につけた、ピンクキャット草の花たちだった。 「お誕生日おめでとう。」 アカリのふるまいに、思わず、ぱちぱちと瞬きした。 「本当はね、オレンジを使って、ケーキを焼こうと思ったの。 でも、オレンジの木はまだ今年の夏に実をつける予定だし、 ケーキの腕じゃああなたにはかなわないことを思い出して。 それでどうしようかなあと思って、 花壇で育てた中で、一番あなたに似合う花を選んだつもりなんだけれど。」 少し恥ずかしそうに、そしてちょっとおどおどしながら、アカリはぺらぺらと早口でしゃべった。 そして、気に入ってくれたら、いいんだけど。と小さな声でもごもごとしゃべると、 手に持っているピンクキャット草の花束を、すっと僕の前にもう一度差し出した。 「ありがとう・・・。」 僕はアカリから花束を受け取った。 手に取る瞬間、ピンクキャット草の柔らかなにおいが鼻まで届いた。 「チハヤ。」 アカリの方を見る。 アカリを見るたび、瞳がきれいだとおもう。 「私たちの関係は、恋人でもないし、友達でもない。 蜘蛛の糸の上をそろそろと歩いているみたいな気持ちになる関係だけれど、 でも私は、たとえどんな関係になっても、こうして毎年、チハヤの誕生日を祝っていると思う。」 「アカリ。」 「それでも、いいかな?」 耳に響く、響いていく。 アカリの言葉たちは、なんてきれいで透明なんだろう。そう思う。 「いっそ、ぼくのものになったらいいのに。」 「え?」 「ううん、なんでもない。」 僕はアカリを引き寄せた。 ピンクキャット草をつぶしてしまわないように、アカリとそれを上手に抱き寄せながら、 僕はアカリにキスを落とした。 ぼくらの関係に名前をつけてしまう気なんてなかった。 恋人とか友達とか家族とか。 名前をつけた関係だからといって、壊れてしまわない保証なんてどこにもないでしょ? 壊れてしまった関係なんて、いくらひろってくっつけようとしても、もう前と全く同じにはならないのだから。 なら初めから、名もない関係がいい。 アカリとの関係は、壊れてしまう脆いガラス細工のようなものに押し込めてしまいたくはなかった。 ちょうどこのままのぼくたちで。 お盆にはもう水がいっぱい溜まっていて、溢れないし足りなくもない、今のままがぼくらには一番だった。 そう、好きなんて言葉じゃ終わらない。 愛しているでもまだ、足りない。 このままひとつ、またひとつ年を重ねていこう。 そう思い、ピンクキャット草のにおいを感じながら、ぼくはもう一度アカリの唇にキスを落とした。 |