ふっと目を覚ますと、朝特有の薄靄が広がる窓の向こうで、微かに鳥がさえずっている声が聞こえた。

ぼんやりとしていた頭が、新鮮な朝の空気を吸い込むことによって、ゆっくりと目を覚ましていく。




背中の後ろで、小さな布団の塊になって、

ぴったりとくっついている愛しい子を起さないように、僕はゆっくりと起き上がった。






時間を見ると、いつもよりも少し早い時間なので、

幾分かゆったりとした気分でチハヤは朝ごはんの支度を始めた。


使い慣れたキッチンに入って、フライパンを出して火をつける。

温まってきたフライパンの上に、雑貨屋から買ってきた卵とベーコンをふたつ落とした。

静かな朝の中で、フライパンの上で焼かれるベーコンエッグの音だけが響いている。





まだ、慣れない。あらためてそう思う。




朝靄が広がる窓の風景は、どこか殺風景にチハヤの瞳に映っていたし、

使い慣れたはずのキッチンは、手に余る広さのように感じられた。


沁み込んでいたはずだった心の闇が、またひとつぽっかりと空いてしまったような空白感が感じられて、

胸が少しむずがゆく、そして寂しいに近い感情が浮き出していた。

耐え切れなくなって瞼を伏せると、薄い青空の向こうに消えていく、細くたなびく煙の姿がふっと目に浮かんだ。








トントントン。




突然、朝の静けさを破る音が、部屋に響いた。

ふっと、ドアの方を見やる。こんな早くから誰だろう。

少し眉をひそめて、火を止めると僕はドアの方へと向かった。





「はい。」



「やあ、おはよう。」


「ハーバルさん・・・。」




いつもやわらかく、朗らかに微笑む町長は、今日は幾分か真面目な顔つきをしていた。

その顔を隠すように口角をあげているハーバルさんを見て、僕は少し首をかしげた。





「どうしたんですか?」


「君に渡したいものがあってね。」

「はい?」



「これを。」




伏せ目がちだった視線の先に、手紙を持ったハーバルさんの手が映った。

僕は、ためらいがちにその手紙を受け取った。


何の変哲もない、真っ白な普通の便箋だった。





ポストに入れておけばいいじゃないか。

僕は、不思議な気持ちでハーバルさんを見た。





「・・・裏側を見てごらん。」



戸惑いがちに笑うハーバルさんの顔を見た後で、僕はゆっくりとその便箋を裏返した。






「・・・・・・・。」




ああ、どうしよう。


せっかく我慢してたのに。

砂漠のような気持ちの中に、オアシスなんてもうないのだから。






「誰からなのか、君には分かるよね。」





ゆっくりと頷く。

頬を伝いそうになる雫を慌てて手で覆った。



目をつぶると、あの日の風景が心に浮かんだ。

薄い青空。細くゆっくりと空に溶けていくように流れていった白い雲。




あの雲は、今どこを流れているのだろうか。







 




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