一瞬、眠ってしまっていた。 ヒカリは一体、どんな星に生まれ変わるのだろう。 きっとその星は、どの星よりも小さくつつましく、だけど一番真白く輝く星になるのだ。 ヒカリという名前らしい、ちらちらと輝くその星を、何百年経っても探し続ければいい。 きっと、自分ならすぐに見つけられるほど、その存在は特別な星になるのだ。 そんなことを思いながら、いつの間にか眠ってしまっていた。 夢の中でさえ、ヒカリの星を探していた。 瞼を閉じたその先にさえ、ヒカリの星を見つけれるくらい、いとおしいと思う。 こんな感情初めてで、戸惑うばかりだけれど、そっと包み込んで大切にしまっておこう。 そしてひっそりと、生きていけばいいのだ。 起きて、まだ瞼を閉じたままでいると、頬にぽたりと冷たい感触を感じた。 いつの間にか、雨でも降ってきたのだろうか。今日の天気は、そんな様子が微塵もなかったというのに。 ぱちりと瞼を開ける。 空は相変わらず、たくさんの星がちりばめられていた。光の粉を吹いたみたいだった。 視界の端に、赤茶色のふわっとした髪の毛が見えた。 その色が見えた瞬間、魔法使いはぱちぱちと瞬きをした。 身体を起こすと、しっかりとヒカリの姿を見ることができた。 彼女の頬には、彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちそうになっていた。 さっき、頬に落ちてきたしずくの生まれどころを見つめながら、思わず、彼女に手を伸ばしそうになった。 「・・・・・ヒカリ。」 「・・・・・・・ないでください。」 「・・・え?」 彼女の声は、小さく震えていた。涙の中に声を閉じ込めてしまったかのようだった。 小さくひゃっくりをあげながら、ヒカリはしばらく泣いていたけれど、ごしごしと手の甲で目をこすると、 もう一度魔法使いの方を向いた。 ちょっと下向きで、視線は合わなかったけれど、 真っ赤な瞳からは、我慢しているのか涙がうっすらと滲んでいた。 「・・・・私のことが嫌いなら・・、優しくしないでください。」 「え。」 ヒカリの涙腺は、また決壊してしまったみたいに、ぽろぽろと大粒のしずくが頬を転がり始めた。 「・・・・嫌いなら、一緒に星を見たり、一緒にコーヒー飲んだり、笑ってくれたり・・・ひっく。 私の頬に手を添えたり、・・しないでください。わたし、馬鹿だから、そんなことされたら誤解しちゃう・・・。」 「ヒカリ、・・・違う。」 「私、私。魔法使いさんと仲良くなれてるんだと、思ってたんです・・・。 すごく楽しくて、楽しくて、だから・・だから。」 「ヒカリ。・・・・・そうじゃない・・・そうじゃないんだ。」 手を伸ばした。 その先に彼女がいる。でも、まだ触れていいのかどうか分からなかった。 「でも、じゃあどうして、・・・・いきなり会ってくれなくなったんですか?」 「それは・・・。」 自分が、人とは違うから。 彼女がいなくなった世界で、生きていくためには、彼女の星を探すためには、 これ以上近い距離に、彼女の傍にいると、きっと悠久の寂しさの中に閉じ込められてしまうから。 ぎゅっと、ローブを握った。 どうして彼女は人間で、自分は魔法使いで。 どうして同じ時の砂の中を、流れて行けないのだろうか。 さらさらとこぼれ落ちて行く砂の流れが、二人の間は違いすぎた。 「魔法使いさん。」 ヒカリの声が、耳の中で響く。 それだけで、安心する。温かい気持ちを持つことが出来る。これ以上にない、魔法みたいな力だ。 「・・・・迷惑かもしれません。魔法使いさん、困っちゃうかもしれないけど・・・・。 でも私・・、魔法使いさんのこと、・・・好き、なんです。」 その瞬間、もうたまらなくなった。 ヒカリの涙腺みたいに、魔法使いの中でも何かが決壊した。 ローブを握っていた手を、まっすぐ、ヒカリの方に向けた。 暗闇の中でもほのかに白く浮かぶ彼女の白い手を、ぐいっとひっぱった。 ヒカリがバランスを崩して、こちらに倒れてくる。 彼女が足をぶつけないように、しっかりと抱きとめながら、トロッコの中に、ヒカリをひっぱった。 ぎゅっと、しっかりと、ヒカリを抱きしめた。 ヒカリは温かかった。泣きすぎて、肩に埋めている顔が熱いくらいだった。 「・・・・ヒカリ。」 「魔法使いさん・・・?」 「ずっと、考えてたんだ・・・。ヒカリのこと・・・・。」 「・・・・え?」 「俺、・・魔法使い。・・・・ヒカリよりも、うんと長く、生きる。 ヒカリとずっと一緒にいたら、・・傍にいたら、・・・ヒカリがいなくなった世界が、耐えられそうになかった。」 「だから、・・ヒカリと距離をとろうと思った・・。そうしたら、 きっと、ヒカリは、・・・いつかきっと違う人と、・・・一緒に、幸せになれるだろう?」 ヒカリの瞳が大きく揺れた。 ぎゅっと魔法使いの肩を抱きしめると、ふるふると大きく首を横に振った。 「・・幸せになんて、なれないですよ。」 「ヒカリ・・?」 「私にとって、魔法使いさんが傍にいない幸せなんて、考えれないです。」 「・・・・。」 「だから、だから、・・そんなこといわないでください。」 「・・・でも、・・・」 「私、魔法使いさんが寂しくないように色々考えます。 私、まだ若いんですよ?これから何十年もかけて、いっぱい考えます。考えますから・・。」 ぎゅっと、今までで一番強く抱きしめられた。 彼女の心臓の音が、とくんとくんと魔法使いの耳に届いた。 ヒカリの涙が落ち着いた頃に、二人で一緒に空を仰いだ。 ちらちらと光っている星たちの輝きが、ヒカリと一緒に見ているせいか、さっきよりも一層輝いているように見えた。 魔法使いの腕の中に、すっぽりと収まっているヒカリが、星を見ながら魔法使いの名前を呼んだ。 ぴたりとくっついている彼女は、優しく温かかった。 「私、星になったら、魔法使いさんに分かるように、一番真っ先に空に浮かびますね。 毎日毎日、夜になったら、魔法使いさんに会えるように、一番星になりますね。」 「・・・そうしたら、寂しくないですか?」 ヒカリはすごい。 ずっと、ずっと悩み続けていたことを、事の葉一言で簡単に、縮こませてくれるのだから。 「うん・・・。かならず、見つける・・・。」 「はい。」 彼女の傍を離れて暮らそうと思った。 そうすれば、自分は彼女がいなくなったときに孤独を味わわなくてすむから。 でも、彼女の一言で、彼女の気持ちひとつで、こんなにも幸せな気分になることができる。 ずっと思っていた悩みを胸の中にしまいこんで、彼女の手を取ることができる。 どうして、彼女の傍を離れようと思ったのだろう。 短い彼女の人生の中で、その一瞬一瞬がとても大切だというのに。 「ヒカリ。」 ずっと、胸に秘めようと思っていた。胸に秘めて、大きな孤独よりも小さな孤独を選ぼうとしていた。 でも今は違う。 彼女の気持ちを大事にしよう。 ずっとこの手を、彼女が老いて星になるまで、ずっとその小さな手を握っていこう。 毎日思い出しても、寂しくならないくらいの思い出を、胸に留めよう。 彼女と過ごす一瞬一瞬を、カメラのフィルムみたいに、身体のすべてに染み込ませておけばいい。 ヒカリが星になったら、彼女の思い出を胸に抱きながら、毎夜綺麗な星になった彼女に会いにいこう。 もう、きっと、大丈夫。 今なら、この想いを口にすることができた。 「・・・好きだよ。」 砂になって、星になるまで、ずっとずっと、好きだと。 いま、この空に、胸をはって誓えることができた。
リクエストしてくださった方へ。
遅くなってすみませんでした。
しかも私がメモしていた旧パソコンの方が逝ってしまったために、
どんなリクエストか失念してしまい、想像していたのとは違うほうのお話になってしまったかもしれません。
重ねて、お詫びいたします。
最後に、リクエストしてくださって、本当にありがとうございました!
|