私は、雑貨屋で目についた色とりどりの食べ物に手を伸ばして、カゴの中に入れていった。




大小さまざまな魚や調味料を手に取り、まだ自分の牧場では作れない野菜やバター、チーズなどを、

たっぷりと時間をかけて眺めた後で、慎重にカゴの中に収めていった。




慎重というのは、カゴの中で重いものと軽いものに気をつけてという意味ではなくて、

どうすれば色取りよく見えるかということだったので、ぎっしりと隙間なく詰めたカゴをカウンターに持っていったとき、

底に埋まっているバターは、おそらくぺちゃんこにつぶれて平べったくなっているだろうと思った。



「そんなにたくさん買って、今日はパーティでも開くのかい?」


レジをしてくれたブランさんは、びっくりしながら私に尋ねた。


「ええ、ちょっと。友達がくるの。」


私は笑いながら、どっさりと袋に詰められた食料を受け取って、雑貨屋を出た。


途中で、ルークやリーナ、ハーバルさんに出会ったが、みんなそれぞれ驚いた顔をして私の方を見た。

私は、そんな驚いた顔をされるたびに、笑って「今日は、友達と食べるの」と言った。






「アカリ。」


振り向くと、そこには紫がかった綺麗な瞳があった。

声で誰だか分かっていたのだけれど、姿を確かめたらなぜだかほっとした。


「チハヤ。」

私は笑って、手を振ろうとしたのだけれど、両手いっぱいの買い物袋で手がふさがっていることに気づいた。

けれど、ひょいっと左手にあった袋が消えた。


「買いすぎ。」

変わりに呆れかえった声が返ってきて、私はくすくすと笑った。


「だって、今日はパーティーだもの。」

「そうなの?」

「ブランさんにそう言われたのよ。」

「そりゃあ、こんだけ買ったら思われるだろうなあ。」


ちょいっと、彼は手に持っていた雑貨屋の袋を持ち上げた。

紫の瞳が買い物袋の中身を覗き込んで、瞳で小さく溜息をついた。



「今日は、チーズフォンデを作ろうと思っているの」

「・・・。じゃあ、どうしてキュウリなんか買っているんだい?」

「入れたらおいしそうじゃない?」

「全然」



私の家に着くと、買い物袋の中からチハヤは、チーズフォンデを作るのに必要な材料だけをテーブルの上にならべ
た。


「キュウリじゃなくって、ワインを買ってきてくれたらよかったのに。」


「いいじゃない。あ、今朝取れたトマトが冷蔵庫に入っているの。これでサラダが作れるわね。」


にこやかに私が言うと、チハヤはしょうがないなあと言った風に、キュウリをテーブルの上に置いた。

テーブルの上に並べられていく食材の色取りが、ひどく均整が取れていて、

慎ましくきちんと座っているそれらのさまざまな色を見渡せて、私はとても嬉しかった。




「ねえ、今日は私が作るわ」

「えー?」

調理用具を出しながら、チハヤは半分疑わしいような目つきで私をみた。

私はおたまを右手に持って、軽く振ってみた。


「ね?」


「・・・・。いいよ、分かった。ただし。」

「うん。」

「キュウリは入れちゃ駄目だよ。」


「・・・・・。入れないに決まっているじゃない。」



私は心の中で小さく溜息をついた。








キッチンの前に立っても、テーブルの上に置いてあるすばらしく均整がとれた色合いを、

崩してしまうのがもったいなくて、私はぐずぐずとしていた。



「早く作って。」

チハヤの声に後押しされて、私は反射で、一番目に映えるトマトに手を伸ばした。

途端、その手を横から止められた。



「作り方分からないの?」

「分かるわよ。」


じゃあ、早く作ってよ、と紫の瞳で訴えられて、私は仕方なく均整の取れた色合いを崩した。



私がチーズフォンデを作っている隣で、サラダを作るためにチハヤは野菜を洗っていた。

チハヤの横顔を見るのが好きだ。

透明な光に当たって、きらきらと光る綺麗な睫が、閉じたり開いたりする姿も、

それと同じ色を放つ髪の毛も。

全部、チハヤだからこそ、私が好きな色合いをしているのだと思った。





「できた。」


二人で顔を合わせて、にっこり笑うと、テーブルの上にチーズフォンデとサラダ、それからスプーンとフォークとコップを
置いた。

向かい合って座って、一緒に手を合わせて、私達は食べ始めた。


「アカリも料理上手になったね。」


「本当に?」

「うん。」


なんだかその日はとても、心地の良い気分だった。

チーズフォンデやサラダが並べられたテーブルが、いつもの私のテーブルとは違うように思えたからかもしれない。



「チハヤ。」



吸い込まれそうだと思った。

チハヤの紫色の瞳を見つめると、いつだってそんな風に思う。



「なんだい?」



例えば、どうして私が定期的にチハヤを夕食に招待しているということとか。

チハヤと女のお友達以外は、夕食に誘ったことがないこととか。

そういうの、見てて、なにか気づくことないの?


なんて、たまに自分の気持ちを押し付けてしまいそうになる。


けれど、その紫の瞳を見ると、全部、全部、その言葉が吸い込まれていくようだった。

私が大好きな、色合いを全部閉じ込めてしまったような、そんな瞳に見つめられると、私は一瞬言葉を失ってしまう。



「なんでもないわ。」


「そう?」

「うん。」



ゆっくりと、フォークに手を伸ばした。

チハヤが作ったサラダの、綺麗に均整に切り分けられたトマトのひとつにフォークを突き刺して、

口に放り込むと、いつも食べているトマトとは違う味がした気がした。


「おいしい。」


「よかった。」


その日の夕食は、チハヤと二人で小さく笑ったりして、楽しく終わった。






「今日は、ありがとう。」


「こちらこそ。今度は、僕が食材買ってくるよ。」


「楽しみにしてる。」



「じゃあね。」

「うん、またね。」




チハヤの背中が小さくなるまで、その姿を見つめていた。

チハヤが見えなくなってから、ふっと上を向いたら欠けたお月様が顔を出していた。




「やっぱり、チーズフォンデにはキュウリを入れればよかったんだわ。」


お月様に同意を求めるように、でも独り言を私は呟いた。



チハヤの塗り固められた壁を崩すのにちょうどいいじゃない。

いつか、その中身を見れることが出来るのなら、最初に見るのが私だったらいい。






頭の中だけで、一言、チハヤに向かって言葉を紡いで。


私は、ひっそりと冷たくなってしまった自分の家に、ゆっくりと入っていった。









back